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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

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「思い出の向こう側<第7回>」(小石薫)

第6回はこちら。


16
「45周年。おめでとうっ」
 道で会うなり、翠はそう言って拍手した。秀子は呆れたふりでため息をつき、ピンク色の大学ノートを翠に渡した。表紙には、黒のマジックで新聞部資料と力強く書かれている。

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16
「45周年。おめでとうっ」
 道で会うなり、翠はそう言って拍手した。秀子は呆れたふりでため息をつき、ピンク色の大学ノートを翠に渡した。表紙には、黒のマジックで新聞部資料と力強く書かれている。
「式典の内容は大体書いてあるから、記事の方お願いね、先生」
「はいはい。でさ、デザインはどうなってんの?」
「後ろの方のページに載せてある」
 リズは、待ってましたとばかりに言った。
「おお。でもちょっとごてごてしてない?」
 歩き出しながら、翠はノートをめくった。これから3人で、町を見渡せる丘に登る予定だ。ついでに、先週終わった式典についても、翠に教えることになっている。式典を知らないで新聞の記事を書くには、どうしても詳しい話を聞く必要がある。翠が学校からいなくなっても、新聞部にとって翠の代わりはいないのだ。
「読みながら歩くと転ぶよ? まったく翠は――」
 言いながら、秀子は楽しそうだった。リズも、久しぶりに翠に会えるのは嬉しい。
 土の坂道を、息を切らしながら登って、ようやく目的の丘の上についた。丘の上には、しっかりした枝ぶりの松の木がある。3人はその松の木に寄りかかって、町を見下ろした。7月の活力に満ちた風が吹いている。
 翠はリズの黒いバラのヘアバンドを撫でた。以前、リズの父がテランスを通して贈ってくれたものだ。一度学校につけて行ったきり、今までつけていなかった。
「これ、気に入ってるんじゃん」
「これは、家の人がどうしてもっていうから――」
「はいはい。解りました、奥様」
翠にからかわれて、リズは大げさに頬をふくらませた。
それからしばらく、3人は何も言わず町を眺め風を浴びていた。優しく温かな時間が流れていく。
「リズ、秀子。なんていうか、ありがとう」
「え、急に何、気持ち悪い」
 冗談の調子で振り返った秀子は、翠の真剣な顔を見て、真面目な調子に戻った。
「翠、どうしたの?」
 リズも翠を見る。
「うん。あのさ、あたしさ、退学になってから、色々考えたんだけど――」
 退学という言葉を聞いて、リズと秀子は黙り込んだ。一連の事件で、結局秀子の方は事態が大きくなることはなかった。家庭裁判所からは、秀子自身反省している事と、被害者である楓側との示談が成立していることから、処分を受けることはなかった。学校側も、一週間の出席停止処分を下しただけで、秀子は今は問題なく通学している。一方で翠は、康太の方で翠を許してはいるし、翠も何度も謝りに行ったのだが、凶器を使っていたことや、倒れた後の暴力が執拗であったなどの理由から、保護観察の処分を受け、学校からは退学という重い処分があった。今は、公立の中学校に通っている。退学の本当の理由は、康太が理事長の孫だからだということを、リズも秀子も解っている。康太の方からも、せめて退学は取り消すよう頼み込んだらしかったが、今度も彼の意向は汲まれなかった。
「あの時、康太の詞の端っこを郵便受けに入れて返そうと思って、康太の家に行ったんだ。結局その前にリズに会って、詞は返せなかったんだけど。きっとその時から、あたしは誰かに助けて欲しかったんだと思う」
 リズは、康太の家に行った日のことを思い出した。そういえば、正体を隠した翠からのメールが来たのも、その日の夜だった。
「なんかさ、情けないよね。自分でやっといて、勝手にきつくなってさ」
 翠は、自分を馬鹿にするみたいに笑った。リズはなんと言っていいか解らず、黙っていた。
「暴力の重さに耐えられる人なんて、たぶんどこにもいないよ」
 ぽつりと言った秀子の言葉に、翠はゆっくりと頷いた。
「さ、もぅこの話終わり!」
 秀子は手をパンと鳴らして、しんみりした空気を弾き飛ばした。
「よぅし。じゃあ叫ぶぞ」
「は? ちょっと待って」
 秀子が止めるのも聞かず、翠は突然両手をメガホンにして町に向かって叫んだ。
「なん、とか、なるさぁあ!」
 それを聞いて、リズと秀子は一緒に噴き出した。
「ほら、秀子」
 翠に促されて、秀子は仕方ないという風で、町に向かった。
「ヒデヨシさまぁ」
 翠が甘い声を出す。
「刀狩をいたす!」
 リズはふき出して笑い転げた。それにつられて、翠も秀子も笑った。
――あぁ、そうだ。こんな時間もあったんだ。
 笑いながら、リズはこの温かくて優しい時間を、愛おしくさえ思った。その思いは、今のリズの心の中にまで息づいている。

17
振動でリズは目を覚ました。リズの乗っている旅客機は、無事羽田空港に着陸した。シートベルト着用サインが光っている。リズは意識の半分を夢に預けたまま、窓の外を見た。晴れ渡った青い空が見える。旅客機は、ゆっくりと滑走路を進み、自分の収まるべき場所に向かっている。
――日本に着いたんだ。
だんだんと実感が湧いてきた。飛行機を降りて、日本の空気に触れると、懐かしさに胸が高鳴った。
 入国手続きを済ませ、荷物受取所へ進む。空港までは、秀子が迎えに来てくれることになっていた。その後、秀子の車で品川まで出て翠と合流し、秀子オススメのカフェに入る予定だ。久しぶりの再会に緊張が高まる。
――お互いに解るだろうか。
 けれどその不安は、受取所を出てあっという間に消えてしまった。ツアーのガイドやスーツ姿のビジネスマンの中に、リズはブラウスにチノパンツを履いた秀子を一目で見つけた。10年という歳月の中で、見にまとう空気はまるで変わっていた。それでも、核になるような部分、秀子らしさは、柔らかな眼差しだとか、軽やかな歩き方だとかの所々に見受けられた。はっきりと解る。秀子の方も、直ぐリズに気が付いた。一瞬、2人は中学時代に戻って駆け寄り抱き合った。
「リズ、久しぶり」
「うん。秀子も」
 体を離して、少し沈黙があった。
「ひとまず、車に行こうか」
 話したいことは、お互いに山ほどある。だから話し出すと、ここを動けなくなりそうだった。リズは頷いて、秀子と並んで歩いた。歩きながら、リズは秀子の横顔を見つめた。夢の中の秀子より、はるかに大人びて、凛々しい顔つきをしている。
――10年は長い。でも、あの頃からの連続として今があることは確かなことなんだ。そして、今この時が、お互いの未来へ連続していくことも。
そう思うと、リズの中で、これから短いながらも、秀子や翠と同じ時間を過ごせることの喜びがますます膨らんだ。
「なに?」
 リズの視線に気づいて、秀子はくずぐったそうに笑った。リズは、別に、と答えて首を振った。
「変なリズ」
 秀子は笑いながら言った。2人は、気持ちが通じるのを感じた。
 駐車場で、2人は秀子の車に乗り込んだ。ダークレッドの軽だ。黒のサングラスをかけ、秀子はエンジンをスタートさせた。
「いざ、しゅっぱつ」
 秀子は陽気な掛け声とともにアクセルを踏み込む。窓の外の景色が流れ始めた。ブレーキやハンドルの使い方が優しく、助手席のリズにストレスがない。リズは安心して、背もたれに体を委ねた。
 時間は流れ続けている。留まることはない。留まりたい今も、いつか来る別れの未来も、同じように流されている。
――それでも、刻まれたものは消えない。
リズは確信する。そして、ハンドルを握る秀子の横顔を見つめた。そして、あの頃からの自分たちの成長を思う。
そして、今この時間を、リズはいつかと同じように、愛おしくさえ思うのだった。

 終わり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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