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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

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「思い出の向こう側<第4回>」(小石薫)

第3回はこちら。


7
 ここ数日、学校に行くたびに嫌なことが続いている。そしてこの日も、教室でリズを待ち受けていた。楓を殴った犯人が、あろうことか秀子だという噂が流れていたのだ。リズはそのことを翠から教えられた。
「リズ、噂、なんだけどさ」
 翠はそう切り出した。リズを傷つけるほど驚かせたのは、翠さえ、半ばその噂を信じているらしいことだった。

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7
 ここ数日、学校に行くたびに嫌なことが続いている。そしてこの日も、教室でリズを待ち受けていた。楓を殴った犯人が、あろうことか秀子だという噂が流れていたのだ。リズはそのことを翠から教えられた。
「リズ、噂、なんだけどさ」
 翠はそう切り出した。リズを傷つけるほど驚かせたのは、翠さえ、半ばその噂を信じているらしいことだった。
「そんなことあるわけない」
 リズはそういうのが精一杯だった。翠もそう言われて、小さな声で「だよね」と言ったきり、何も言わなかった。
 昼休みになって、翠とリズは秀子の席に行った。噂のために、翠とリズの2人といくつかの言葉を交わす以外、秀子は朝から誰とも話していなかった。
「秀子、今日はパン買って外で食べよ?」
「いい。今日はおなかすいてないんだ」
 話しかけたリズに、秀子は無理に微笑み返した。そして、机に伏せてしまった。
「それより、眠いの」
「噂は噂、だよね?」
 顔を上げない秀子に、翠は確かめるように聞いた。
「私寝るてから、2人でお昼食べてて」
 けれど秀子はそう言って、それきり何も言わなかった。翠とリズは仕方なく、2人で購買にパンを買いに行った。
「これ、買ってこか」
 購買で、翠は秀子にイチゴのジャムパンを買った。
「代金は倍返しだけどね」
 リズの方を見て、翠はしたり顔で言う。こういう時でも冗談を言う翠が頼もしくて、リズは少し無理をして笑った。翠も一緒に笑った。どこか、寒々しい笑い声だった。
 放課後になる頃には、事態は一層悪くなっていた。噂は尾ひれがついて、楓だけでなく、康太を襲ったのも秀子だと囁かれていた。帰りのホームルームが終わると、秀子はクラス中の囁きに追われるように玄関に走った。
「秀子、待って!」
 リズと翠は、校門で秀子に追いついた。リズは、どうにか秀子を励まそうと思った。噂は噂で、そんなことがあるはずないとリズは信じている。けれどそんなリズよりも先に、翠が口を開いた。
「ホントに、秀子じゃないの?」
 翠の言葉は、リズには、噂を半分以上信じているように聞こえた。それは、秀子にも同じだったのだろう。秀子は振り向きもせず、また走り始めた。
「翠っ!」
 リズは、自分で驚くくらい激しい声で、翠を怒鳴っていた。
「だって――」
 翠は眼を逸らして、そのまま何も言わなかった。リズは翠に言いたいことがあったが、それより今は秀子が心配だった。リズは、翠を置いて秀子を追うことにした。
 学校からひとつ目の信号で、リズは秀子に追いついた。秀子は息を切らして、電信柱にもたれかかっていた。
「秀子、大丈夫?」
 息を切らしながら、リズが肩に手をかけると、秀子は振り向いて、口だけで笑った。
「リズ? 足、速いねぇ」
 そう言って、秀子はまた電信柱にもたれた。肩を上下させて、苦しそうに息をしている。
「秀子、噂は噂でしょ。私は秀子が、そんなことしたなん、て思ってないから」
 秀子は、呼吸を整えるように深呼吸を始めた。秀子が落ち着いた頃には、リズも息が楽になっていた。
「違うの」
「解ってる。秀子じゃないってことはちゃんと解ってる」
 リズは秀子の肩に手を当てて、優しく声を掛けた。けれど、秀子は首を横に振った。
「違う。そうじゃなくって」
 秀子はゆっくりリズに振り返った。秀子の眼は真っ赤で、涙が今にも零れ落ちそうだった。
「私なんだ。楓さんに、ひどいことしたの」

「今、なんて言ったの?」
 リズは、自分が今聞いたことを信じられなかった。秀子が、楓を殴るなんてことがあるわけがないと、リズは疑うことなく信じていたのだ。
「ばれちゃったし、これから楓さんに謝りに行って、それから、警察、かなぁ」
 秀子は俯き気味で、他人事のように言った。顔を上げてリズの呆然とした様子に気づくと、秀子はこぼれそうな涙を指で拭って無理に笑って見せた。
「ごめんね、リズは信じてくれたのにね。翠とは付き合い長いからさ、たぶんなんとなく解っちゃったんだと思う」
 言いながら、秀子は指では間に合わなくなった涙を手の甲で拭い始めた。リズは言葉もなく、ただ見ていることしかできない。
「本当は、自分で行かなくちゃいけないって解ってるんだけど――」
 眼を押さえながら、続ける。
「リズ、一緒に――」
 秀子は喉がつかえたように、言葉を途切れさせた。リズは、秀子が何を言いたいのかすぐに気がついた。
「大丈夫。私も一緒に行くから。安心して、大丈夫」
 リズは秀子の言葉を受け取りながら、テランスが不安な時してくれるように、秀子の頭を撫でた。秀子は、何度も「ありがとう」と繰り返した。

 そこから15分程歩いて、2人は楓の家までやってきた。川辺に最近できたばかりの団地にある、アイヴォリーの2階建てだ。玄関を開けた楓の母は、友達が心配して来たのだと思って、喜んで迎え入れてくれた。精一杯に笑顔を作る秀子の手を、リズはそっと握った。握り返す秀子の手は汗ばんでいた。
 2階の自室で、楓は本を読んでいた。紙のカバーが掛かった新書サイズの本だった。右の頬に、ガーゼをあてている。楓の部屋には桜色のカーペットが敷かれていて、勉強机と本棚が隣り合わせで置かれている。本棚はほとんど漫画だったけれど、最下段の、ブックカバーが掛けられたひとかたまりが、内容がわからないだけに眼を引いた。
「そっちから来ると思ってなかった」
 2人が部屋に来ると、楓は驚きながら折りたたみの丸テーブルを押入れから出した。そして、リズと秀子に座るように促してから自分も座った。
「あと、リズがいるともね」
 そうだろうな、と、リズは居心地の悪さを感じた。とは言っても、秀子をひとりにするわけにはいかない。
「私がいても、問題ないよね?」
 リズは息んで言った。ここは強引にでも押さなければいけないと思った。
「ぶっちゃけ、いてくれて助かるわ」
 楓は、肘をついた右手の上に顔を乗せて言った。指でガーゼを撫でている。リズは、自分が歓迎されないと思っていたから、楓が言った言葉は意外だった。ぶっちゃけという言葉もそうだが。
「ね、高橋さん。私達だけだと、いろいろね」
「楓さん。知ってるの?」
「自分のことはよく解ってるから」
 楓は秀子の眼を見つめながら続ける。
「自分にも悪いとこはあったしね」
 リズは、話が解からず困った。これだと、秀子について来た意味がない。
「秀子、どうゆうこと?」
「待って、私が言うから」
 リズの質問に、楓が割って入った。秀子はそれで安心したようだったが、すぐに心配そうに楓を見た。
「私ね――」
 楓が話し始めた途端、部屋のドアが開いて、楓の母がお盆を持って入って来た。
「折角来てくれたのに、あるものでごめんなさいね」
 お盆には、1.5リットルペットボトルのジュースと、コップが3つにハート型のクッキーが乗っていた。
 リズはお礼を言いながら、楓の方をちらりと見ると、楓は顔を青くして俯いていた。
「2人とも、ゆっくりしていってね」
 お盆をテーブルの上に置いて、母は出て行った。
 楓は大きく息をついて、リズと秀子を交互に見た。それから、リズの方を見て囁き声で言った。
「私さ、3人いるんだ」
 リズは、前に美澄から聞いた話を思い出した。てっきり相手はせいぜい2人だろうと思っていた。
「彼氏が」
 楓は眼を逸らして言った。けれど、それが今回のことにどう繋がるのか、まだ飲み込めない。
「それで、その内のひとりが、康太、いや、溝口君なわけ。高橋さんが好きな」
 楓の話をそこまで聞いて、ようやくリズの中で繋がった。秀子が康太を好きなことは、この前翠から聞いていた。自分の好きな相手が、ふたまたどころの状態でないとすれば、相手の女が憎くなるのも納得できる。その想いが、何かのきっかけがあって、爆発してしまったのか。
「とはいえまったく、やってくれるよね」
 楓は、両手をテーブルの上で重ねて、秀子を見つめた。
「私、康太君をいじめたのは楓さんだって聞いて」
 ずっと黙っていた秀子が、小さな声で言った。
「それで、自分がわからなくなって。ごめんなさい」
 秀子は、顔を覆ってすすり泣き出してしまった。
「そんなこと、するわけないでしょ」
 楓は部屋の隅を向いたまま、ぼんやりした眼で、呆れたようにつぶやいた。ポケットから出したハンカチを、秀子の方へ眼をやらないまま差し出す。リズは、遠藤から聞いた、2つの事件は同一犯だという話を思い出した。それはありえないことだと思ったけど、確かめておきたかった。不安だったのだ。
「それなら、康太を襲ったのは秀子じゃない」
「何言ってるのっ?」
 秀子は弾かれたように顔を上げて、信じられないモノを見る眼でリズを見た。
「当たり前でしょ」
「うん、ごめん。そうだよね」
 リズは秀子の勢いに気圧されながら頷いた。馬鹿なことを聞いた、と思った。
「高橋さん。45周年の式典で、溝口君の詞が採用されるのを記事にするんだって、楽しみにしてたんでしょ? そんなはずないよね」
 楓の言葉に、秀子は差し出されたハンカチを受け取って頷いた。
「康太も応募するはずだったんだ」
「応募っていうよりは――」
 リズが間を取り持つために相槌を打つと、楓は表情を曇らせた。
「裏では溝口君が選ばれることが、初めから決まってたのよ。理事長の孫ってことで」
「そんなのって――」
 リズはそれ以上言葉が出なかった。髪をかきむしり隈まで作って、携帯で詞を作っていた翠の姿を思い出した。もし本当ならなんて理不尽だろう。
「知ってる人は知ってることで。でも、翠には話せない」
 秀子はハンカチで涙を拭きながら言う。リズも、それはそうだろうと思った。翠は、詞の応募に一生懸命だ。それを聞いたら、どう思うだろう。
「でも。だけど、それって本当? すぐには信じられない」
 リズの言葉に楓は自分の髪を指でいじりながら、ため息をついた。
「少なくても、私は本人から聞いた。溝口君自身が望んだわけじゃないんだけど、恥にならないように頑張るんだって。溝口君にも、どうしようもないみたい」
 それなら、理事長が強引に進めている話なのだろう。自分の孫が学生歌の作詞者として名前を残すことに、どういう意味があるのかリズには解らない。解らないけれど、どんな意味があっても、そのために他の人の気持ちがもてあそばれるのは許せなかった。
「だけど、溝口君がこんなことになって、案外公平になるかもね。溝口君も、作詞なんてできる状態じゃないだろうし」
 それぞれのコップに、片手でカルピスを注ぎながら楓が言う。リズは自分でも不謹慎だと思ったが、翠のことを考えて安心した。秀子は、ハンカチをテーブルに置いてやや落ち着いた風だったが、どこか焦点の合わない眼でテーブルを見つめていた。その様子に、リズは秀子の複雑な胸の内を思った。泣きはらした眼が痛々しい。
「ともかく、さ」
 楓は言いながら、カルピスを注いだコップを、リズと秀子の前に置いた。
「高橋さんがこんな早く来てくれたの見習って、私もちゃんとけじめつけるよ。溝口君と、有紀と、博信」
 博信というのは、リズは聞いたことのない名前だったから、別のクラスの男子だろうと考えた。具体的な名前を挙げられて、リズは生々しさが増したように感じた。
 楓はクッキーを持って、ひとつを秀子に渡した。もうひとつは半分に折って、片方をテーブルに置く。お菓子の元々の形のせいで、半分になったクッキーは、ハートが割れたように見える。
「だから、溝口君のこと、支えてあげてよ」
 楓は笑って言うと、秀子のクッキーと、自分の半分のクッキーで乾杯した。そんな儀式じみた楓の行動の意味を、秀子はちゃんと理解して、笑顔を作った。
「楓さん。ホントに、ごめんなさい」
「大した怪我じゃなかったし」
 その言葉で、リズと秀子の視線は、楓の頬のガーゼにそそがれた。大した怪我じゃないわけがないと、2人は思った。
「相手を傷付けて、嫌われるのが嫌でさ。もう続けられなくなっても、なかなか切り出せないんだよね」
 そう言って楓は、コップにジュースを注いで一口飲んだ。
「そんな風に傷付けないようにっていうのが結局、一番ひどく相手を傷付けちゃうのは解ってるんだけどね」
 楓が最後に言った言葉が、リズには印象的だった。なんとなく、一歩引いた位置にいることが後ろめたかった。

「リズ。ありがとう」
 楓の家を出ると、空は暗くなり始めていた。近くの公園のベンチで、秀子は改めてリズにお礼を言った。秀子はすっきりした顔をしている。
「うん。仲直りができて良かった」
 リズは仲直りをうんと強調して言った。リズの好きな日本語の中でも、とりわけ良い言葉だと思う。
「仲直りって言うか――」
 秀子は、リズの言葉を聞いて笑った。
「もう尊敬しちゃうよ。あんなスゴイ人だなんて知らなかった」
 秀子の言うことは、リズにも解る。例え自分の方にも原因があると思っていたとしても、あんな風に相手に接することができるだろうか。
「わからないね」
「ホント、わかんない。私も自分が楓さん殴ると思ってなかったもん」
 リズは話しながら、楓と有紀の口論を思い出した。あの時の楓と、今日の楓は、どちらが本当の楓なのか。少し考えて、考えるのをやめた。今目の前にいる秀子も、楓を襲ってしまった秀子も、同じ秀子だ。きっと楓も、同じことなのだ。それは、とても恐ろしいことのように、この時のリズには思えたのだった。
「まぁ、そんな楓さんがけじめつけるって言ってるんだから、私もしっかりつけないとねっ」
 そう言って秀子が力強く立ち上がったので、リズは思わず「え?」と声を上げてしまった。楓との、いわゆるけじめは、もうついているはずだ。
「警察に行こうと思うんだ。ちゃんと話そうと思う」
 秀子の言い出した言葉に、リズは慌てた。
「で、でも。楓は許してくれたんだし、無理に行くことなんて」
「やったことはやったことだし、何にも無しって言うのは――ちょっとね」
 秀子が楓を尊敬したように、リズもこの誠実な友達に尊敬の念を抱いた。それならせめて、話の解る人が居てくれたら良いと思って、リズは遠藤を思い出した。顔見知りなわけだし、直接頼めば、すこしくらい便宜を図ってくれるかもしれない。
「じゃあ、知り合いの刑事さんに電話して来てもらうから、ちょっと待ってて」
 秀子にそう言って、以前受け取った遠藤の番号に、リズは携帯電話から電話をかけた。
「リズ、警察に知り合いがいるの? すごいっ」
 秀子は興奮気味に声を上げた。リズは頷いて、つながるのを待った。
 3回目のコールで電話が繋がった。リズはできるだけ丁寧な言葉を選んで事情を説明し、遠藤にすぐ来てくれるよう頼んだ。遠藤は電話の向こうで頷いた。
 それから随分経って、公園のそばにグレーのセダンが止まり、私服の遠藤が降りてきた。
「あの人だよ」
「う、うん」
 秀子は固くなって頷いた。遠藤は2人を見つけると、周囲を気にしながら歩いて来た。
「今日はお休みでしたか?」
 リズは、遠藤がスーツでないことが気になった。
「いや、一度家に戻って、着るものを変えて来たんだ。遅くなってすまなかったね」
 そう答えて、遠藤は道路の方を見た。絶え間なく自動車のライトが走り、歩く人の姿も多い。確かに、警察の車で来たら目立つだろうし、そうなれば制服姿のリズと秀子にとって良いことは無い。
「ありがとうございます」
 遠藤の行動の意味を理解して、リズはお礼を言った。遠藤の細やかさが、素直に有難い。遠藤は頷いてリズに答えると、秀子の方を見た。秀子は反射的に背筋を伸ばした。
「そう硬くなるな。悪いことはせんよ」
 そんな秀子に、遠藤は諭すように言った。その言葉でいくらか力が抜けたのか、秀子の肩が下がった。
「大体のことは、さっき電話で聞いたが、それで、お父さんやお母さんとはもう話したのかい」
「え? いや、まだですけど」
 秀子は不意を突かれて眼を丸くした。遠藤は、わかった、というように頷いた。
「君のしたことは、まだ君だけの責任じゃない。わかるね」
 遠藤に言われて、リズと秀子は同時に「あっ」と声を上げた。未成年という言葉が頭をよぎる。それは、どこか救われたような、けれどそれ以上に強い悔しさを与える響きだった。
「ところで、今歳はいくつだね」
 これにも、秀子とリズはきょとんとした。
「今年の11月で、14になります。」
「それじゃあ、今は13歳なんだね。そのあたりのことも、よくご両親と話しなさい。まずはそれからだ」
「――はい」
 秀子は戸惑いながら返事をした。遠藤は笑って、秀子の頭を、手のひらでポンポンと軽くたたいた。
「さ、今日はもう帰りなさい。送っていくよ」
 遠藤に促され、2人はセダンの後部座席に座った。

8
 遠藤は秀子を彼女の家のすぐ近くで降ろした。秀子は一度丁寧にお辞儀をして、家の中へ入った。遠藤はそれを見届けると、今度はリズの家に向かって車を走らせた。
「お嬢さん。あの子は、溝口君の事件の人かい?」
 秀子を降ろした時助手席に移ったリズを横目で見ながら、遠藤は尋ねた。
「楓の方の人です」
 リズは、楓の名前を強調した。電話でも、そう話したはずだ。
 遠藤は、前の車に合わせて車を止めた。リズは前を向いて、遠くの方で光る赤信号に気付いた。
「犯人は別か」
「秀子は、康太には何もしていません」
 つぶやくように言う遠藤に、リズは、前の車のテールランプを見つめながら静かに言った。リズは、秀子の言葉を信じたいと思う。友達の言葉は疑いようのないことだと思っている。だけど、その思いが今は揺らいで、リズを不安にさせていた。秀子の言うように、本人でさえ解らないことが人の中にあるということを、認めざるを得ない。
「私は、康太にひどいことをした人は、秀子じゃないし、学校のみんなでもないと思うんです。だけど――」
 リズは、そこで一度言葉を区切った。信号は青になった。前の車が少し進んでまたすぐ止まる。遠藤も、車をその分だけ前に出して止まる。そんなことをしているうちに、信号はまた赤に変わった。
「だけど、それは私がそう思いたいだけなのかも知れない」
 言葉にしてしまって、リズは泣きたいような気持に襲われた。今までのように友達を信じ切れないことが、リズの胸を苦しくしている。
「例えばの話だが、お嬢さんが何かの誤りで友達を傷つけてしまったとしてだ」
 遠藤はしばらく考えてから、リズに語りかけた。
「どういう訳か傷ついた友達は何も言わず、うまいこと他の誰にもばれなかったとして」
 車はまた少し前に動いて止まった。遮断機の音が聞こえ始めて、リズはこの信号を左折した先に、踏切があることを思い出した。
「お嬢さんは、どう思うかな」
 リズには、そんな状況を想像することもできない。秀子は、どう思っていたのだろう。
「『よかったよかった』と言って、以前と変わらず過ごす人も、中にはいるかもしれないが、そんな人はごく一部だ。大半は、自分のしたことがばれるんじゃないかっていう怖さと、自分が自身を責めるので苦しむことになる」
 遠藤はリズの返事を待ったが、言葉の出ないリズの様子を受けて、話を続けた。
「だけどね、お嬢さん。傷つけた人を許すことができるのは、傷つけられた人だけだ。だから自分でいくら苦しんでも、決して許されることはないんだよ」
 遠藤の話は、リズにも解る気がした。もしそうでないなら、秀子は自分で楓や警察のところに行こうとは思わなかっただろう。
「友達の中に犯人がいると思うのは、辛いことだ。だけど、本当のことが明らかになることが、その人のためになると考えて欲しい。万一、友達が犯人だったとしての話だ」
 秀子と楓が、ああして和解をしなければ、秀子はずっと苦しみ続けたかもしれない。電信柱で振り返った秀子の、涙でいっぱいになった瞳が、リズにそのことを感じさせた。
「遠藤さんは、どう思ってますか。誰が康太にひどいことをしたって」
 信号がまた青になった。車は、交差点の直前まで進んで止まった。
「お嬢さんには申し訳ないが、犯人はお嬢さんの学校の生徒だと思ってる」
「どうしてですか?」
 リズは、今までのように頭ごなしに否定する気持にはならなかった。その代わりに、ひとつの想いが浮かんでいた。
「犯人と溝口くんがもみあったらしいところにね、原稿用紙の切れ端が落ちていたんだ。溝口くんに聞いてみたら、45周年の、学生歌の原稿の一部らしい。犯人と溝口くんはその原稿を奪い合ったようなんだよ。ニュースで見なかったかい」
 リズは、事件が起きてからテレビを見る余裕もなかったことに気が付いた。
「普通の人なら、そんなものに興味はないですもんね」
 知らないながら、相槌を打った。冷たい感触が、リズの心に触れる。リズは、その冷たいものを握り返して、遠藤の方を見た。信号が青に変わり、車は交差点を直進する。
「遠藤さん。私、犯人を探します。学校にいるなら、私たちの問題です」
 遠藤は表情を険しくした。けれど、リズは続ける。
「一週間だけ私に時間をくだされば、必ず犯人を見つけます」
 車は踏切待ちの渋滞を抜けて、流れに乗って走っていく。
「私達に任せてはもらえないかな」
 遠藤は、渋い顔のままリズに言った。
「私、よく分からないけれど、遠藤さんたちに任せてしまうのは、その人を見捨てるみたいで嫌なんです」
 リズは遠藤の横顔を見詰めたまま言った。車はもうリズの家の近くに来ている。遠藤は車を止めて、リズを見た。
「私達は――」
 遠藤は、一度言葉を区切った。それから、リズの瞳をじっと見詰めた。
「私達はね、罪を犯した人を見つけて、捕まえるのが仕事だ」
 噛んで含めるように、遠藤は語る。
「だから、本当の解決には、君たちが頑張ったほうが良いんだろう」
 遠藤の口から出てきたのは、意外な言葉だった。
「けれどもだ。私達も、何もせず、というわけにはいかんのだよ」
 それが現実なんだろう、と、リズは思った。それでも、リズは止まらない。
「それでしたら」
 そう言って、リズは挑戦的な笑顔を浮かべた。ほとんど、勢いといっても良いぐらいだったが、リズの本当の想いでもあった。
「遠藤さん達よりも早く、犯人を見つけてみせます」
「お嬢さんも、傷つくことになるよ?」
 遠藤の忠告に、リズはさっきの楓の言葉を思い出した。傷つけないように、傷つかないように、とすることが、起こっていることを、余計に深刻にしてしまうことがあるのだ。それなら今ここで何をするべきなのか、リズにはひとつ確信があった。
「私がその人とを話をすることが、結局一番誰も傷つかない方法だと思うんです」
 遠藤は根負けしたように頷いて、手帳を取り出し、手帳にさしたペンを抜いた。
「交換条件だ。一週間は、こっちで犯人が解っても何もしないから、溝口君の友人関係を教えてくれないかな」
 リズは少し不満だった。どうせなら遠藤たちが持っている情報も出して欲しいと思った。そう思って、大胆さに自分でも驚いた。
「遠藤さんが知っていることも、教えてもらえませんか?」
 言われて、遠藤は眼を丸くした。そう来られるとは思っていなかった。
「お嬢さんがそんなにたくましい人だとは思ってなかったよ」
「私もです」
 遠藤は苦笑いして、窓の方へ顔をやった。
「犯人が使った凶器は刃物でだね、最初の一撃は切りつけたようだが、後は殴ったり蹴ったりだったらしい。左手で凶器を持っていたというから、犯人は左利きかもしれないな」
「あ、ありがとうございます」
 遠藤が話したのは、報道されているレベルの内容だった。テレビを見る余裕もないリズは、そのことに気が付かない。ただ切りつけたと聞いて、寒気を覚えていた。たとえ一度だけでも、そんな恐ろしいことをする人が身内にいるかもしれないということが怖かった。
「それじゃあ、今度はそっちの話を聞かせてもらえるね?」
 振り向いた遠藤に、リズは頷いて話し始めた。
「康太は、私達の学校の理事長の孫です。景山楓と付き合っていて、でも、秀子は康太が好きです。楓には付き合っている人が他に2人居て、三島有紀と、別のクラスの博信っていう男子です。有紀と楓は、何か揉めていたようでした。それから、あ、そうだ。康太は、今度の45周年の式典で作った詞が学生歌に選ばれることが決まっていたみたいです。一般公募っていう形ですが、裏のほうで理事長がそういう風にするって。こんなことがあってどうなるかは解りませんけど。このことを知っていて、応募しようとしている人たちからは、よく思われてないかもしれません」
 遠藤は終始頷きながら、たどたどしいリズの話を手帳に書き付けた。リズは話しながら、友達に対して後ろめたいことをしているようで、心苦しかった。けれど、今さら引き返すわけにはいかないという想いで、どうにか知っていることを話した。
「うん、ありがとう」
 書き終えて、遠藤は手帳を戻した。
「来週の、今日が水曜日だから、来週の木曜日までにしよう。絶対、無理だけはしちゃいけないよ」
 念を押されて、リズは頷いた。車を降りて、深々とお辞儀をして、遠藤を見送った。

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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姉妹は仲の悪いまま年老いて
 町は背を伸ばし肥え太る
幾度かの通夜と性交を経て
 雪は降らなくなった
生まれた家は駅に食われたが
 風は相変わらず強く吹いている
姉妹は仲の悪いまま年老いたが
 市長に品が無い
 という意見だけは一致している


「姉妹は」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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