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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

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「思い出の向こう側<第2回>」(小石薫)

第1回はこちら。


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 このころは、テランスは多すぎるほどの夕食を準備していた。リズはいつも多すぎると言っていたのだが、テランスは、育ち盛りだからと、量をなかなか減らさなかった。新聞部で集まった次の日の夕食も、やはりリズには多すぎる量だった。

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 このころは、テランスは多すぎるほどの夕食を準備していた。リズはいつも多すぎると言っていたのだが、テランスは、育ち盛りだからと、量をなかなか減らさなかった。新聞部で集まった次の日の夕食も、やはりリズには多すぎる量だった。
「good tast」
 それでも、出された分を残すのは気が引けるので、リズはいつも残さず食べる。いっそ思い切って残してしまえば、明日からもう少し量が減るんじゃないかと思うこともあったけれど、自分が残したことでテランスに残念な思いをさせると思うと、なかなか残せなかった。
「Liz,will you go out to jog?」
 食器が片付いてから、テランスが手を背中に隠してリズに聞いた。最近、リズは夕食後にジョギングに出かけるのが習慣になっている。リズが暮らしていた町は治安の良いことが自慢だった。落した物は大抵見つかるし、盗みの事件ひとつ起こらないような町だ。
「Yes. It's my hobby」
 答えながら、リズは玄関へ出た。ランニング用の靴のヒモを走りやすいように調整する。
「Be carefull」
 背中にテランスの声を聞きながら、リズは夜の街に駆け出した。そんなリズを見送りながらテランスは、学校の勉強や部活だけでなく運動にまで精を出すリズに、ますますおいしくたくさんの夕食を用意しなければと、決意を新たにするのだった。

 テランスには趣味だと言っているけれど、半分は食べ過ぎた夕食を消化するために走っている。暗くなった町を、街灯の明かりを辿って走っていく。
 しばらく走った後、街灯の下でリズは小休止をとった。腕時計を見ると、針はいつの間にか8時を回っていた。リズは、急に嫌な感覚に襲われた。
 時間が経つのが早すぎる。おととい、今日が終われば休みだと思って学校に行っていて、昨日は新聞部の3人で楽しく話していた。そして、いつの間にか日曜日の今日はもう4時間も残っていない。すぐに新しい一週間が始まってしまう。こんな調子では、あっという間にイギリスに帰らなければならなくなるかも知れない。
 この焦りのような感覚は急にやって来て、リズを落ち着かなくさせる。今がどういう時かということには全く関らないで、ただ時間が過ぎていくということがリズを不安にする。イギリスにいた時からこういうことはあったが、この頃はひときわその感覚が強くなっていた。
――流されているみたい。
 何にすがれば良いか解らない不安が、リズの胸を苦しくした。
――とにかく。今は走ろう。
 自分に言い聞かせて、リズはもう一度走り始めた。一瞬、隈を作りながら作詞している翠のイメージが浮かんで、リズは、あれっ、と思った。けれど、それは直ぐに消えて、リズもそのこと自体、あっという間に忘れてしまった。
 それからリズは、不意に気が向いて、いつもは通らない川沿いの道を走ることにした。 普段通らない道は新鮮だった。家もまばらで、街灯の間隔も広い道を走りながら、リズはふと川辺に目をやった。向こうの方で、人影が2人向き合っている。見ていると、2つの人影はもみ合いを始めた。リズは縫い止められたようにその場を動けなくなった。突然、うめき声が上がって、もう片方が地面に倒れこんだ。攻撃をしている方は、それでも執拗に殴ったり蹴ったりを続けている。リズは、人が人に対して、ここまで激しくするところを見たことがなかった。目の前で起きていることが飲み込めないで、呆然とその光景を見つめていた。
 しばらくして激しさが止んだ。襲いかかっていた人影は、遠くへと走り去った。
 鼓動が苦しいほど早くなっていた。額を冷や汗が伝う。それでも、倒れこんだ人影のわずかに動いているのが、リズを奮い立たせた。足が震えて、うまく歩けない。川辺の石に何度も足をとられそうになりながら、リズはようやくその人のところまでたどり着いた。たどり着いて、リズは危うく気を失いそうになった。その人の眉のあたりから、血が流れ出ていた。目は、助けを求めてリズを見ている。服に隠れて見えない体だって、随分ひどくやられているはずだ。けれど、何よりもリズを驚かせたのは、この痛めつけられた人を、自分が知っていることだった。同じクラスの溝口康太が、リズの目の前で、うめいていた。

 消防の電話応対はやはり落ち着いていて、リズはどうにか救急車を呼ぶことができた。対応に出た職員が、英語に堪能だったことも大きい。
 康太が搬送されるのを見送って、リズは家に戻った。それから全てテランスに話した。テランスは、リズが不安な時にいつもそうするように、優しく抱いて髪を撫でた。
「Don't scare. It's over」
 リズも、テランスのその言葉を頼りに、ベッドの中で固く眼を閉じた。



4
 けれど次の日、学校へ行くと嫌でも意識しなければならなくなった。教室は、やはり康太が昨晩襲われたらしいという話で持ちきりだった。
「ウワサだけどさ、なんか通り魔だって聞いたよ」
「誰でも良かった、ってやつ? ひどい――」
 根拠もない噂話が、あちこちから聞こえてくる。翠と秀子も、リズの席に来てするのは康太の話だ。リズは一部始終を見ていたことを言い出せないで、あいまいに相槌を打っていた。
「こういうのって続いたりするから、3人とも気をつけなよ?」
 会話に入ってきたのは、クラス委員長の景山楓だった。肩甲骨の辺りまでつややかに伸びる長髪や、ぱっちりした瞳、それにスレンダーなスタイルが、学校中で評判の美人だ。
「気をつけなくちゃいけないのは楓さんの方じゃない?」
 秀子は、楓の言葉に皮肉っぽい調子で応えた。
「高橋さんだって。家遠いでしょ?」
 楓は、秀子に柔らかく微笑んだ。秀子は、露骨に楓から視線をそらした。
「今日、ちょっとナーバスでさ」
 寂しそうな楓に、翠は秀子に代わって言い訳した。
「楓、ちょっと」
 リズが間を取り持とうとした時、西崎美澄が楓の肩を叩いた。名前は女子のようだが、がっしりした体格の立派な男子である。運動神経も抜群で、運動部で人が足りない時は、決まって助っ人を頼まれている。
「悪い、少し借りるな」
「え、なになにっ」
 美澄はリズ達にそう言って、楓の手を引いていった。楓は戸惑って、リズ達と美澄を交互に何度も見ながら、連れられていった。
「うっざ。入ってくんなって」
 美澄と楓が廊下に出たのを見計らって、秀子は吐き捨てるように言った。めったにないことだが、それだけに秀子の口から黒い言葉が出てくるのを聞くとリズは悲しくなる。友達の、見たくない部分を目の当たりにするようだ。
「黒高橋さん、お帰りください」
 翠が冗談めかして拝むマネをすると、秀子の口元が緩んだ。
「ごめん。あの人、どうしてもダメなんだよね」
 秀子がいつもの雰囲気に戻って、ようやくリズはほっとする。
「ところでさ、私達で犯人さがさない?」
 リズがほっとしたのも束の間で、秀子はそんなことを言い出した。
「え、なに?」
 リズは秀子が心配になった。あまりに突飛な話だ。翠も表情険しくして秀子を見ている。
「同じクラスの子がひどい目に遭ったわけだし、何かしたくない? 新聞部として」
 リズは、新聞部として、というのが良くわからなかった。とりあえず、ジャーナリスティックな事がしたいんだろうと思っておくことにした。
「やだよ、そんなの」
 翠は鋭い口調で反対した。秀子はそんな翠を非難がましい眼で見る。
「だって、康太君がひどい目にあったんだよ?」
 リズは、秀子の言う康太君という響きに、何か普通でないものを感じて不安になった。
「どうあったって、あたしは反対。もしもがあったらどうすんの?」
 翠は言いながらリズを見た。
「リズにこっちで嫌な思い出作らせたくないし」
 翠の力のこもった言葉に、リズは胸が熱くなった。
「私も、そういうことはしたくない」
 秀子は、2人の顔を交互に見て、それから痛みに耐えるように眼を硬くつぶった。
「そう」
 そうして、それだけ言って自分の席に戻っていった。
「秀子はさ」
 秀子を見送りながら、翠は小さな声で言う。
「好きなんだよ。溝口には相手いるのにさ」
 そう続けた翠の声は、心なしか震えていた。リズはそれを聞いて、秀子の様子が納得できた。新聞部として、なんていうのは、口実だったのだ。
「翠、さっきはああいうことを言ったけど、秀子があんまり辛いようだったら、私は――」
「あ、そろそろチャイム鳴るね」
 リズの言葉が終わらないうちに、翠はリズの席を離れた。翠は自分の席まで行って振り返った。そしてしばらくリズの眼をじっと見つめていたが、やがてぎこちない笑顔を作って、席についた。それからすぐにチャイムが鳴って、授業が始まった。

「学校おわっちゃったぁ」
「あんたそんな学校好きじゃないでしょ」
 放課後、新聞部の号外についての話合いが終わる頃には、もう夕焼け時だった。下駄箱から靴を出しながら翠がぼやくので、秀子が返す。
「そうじゃなくてさ。時間たつの早いなぁって」
「あ、それ解る」
 翠の言葉に、リズは思い切り賛成した。翠は驚いた様子でリズの顔を見た。
「こんなんじゃ直ぐおばあちゃんになっちゃうよ」
 リズは、わざと冗談めかして言った。
「でも、リズはおばあちゃんになっても綺麗なんだろうなぁ」
 もう靴を履いた秀子は、2人を待ちながら指でリズの髪を優しくとかす。翠は、放り投げた靴に足を突っ込んだ。
「その前におばちゃんになるけどね」
「うわ。そう言われる方がなんか辛いわ」
 笑いあう2人について靴を履こうとして、リズはペンケースを教室に忘れたことに気がついた。帰りのホームルームの時に使って、机に入れたままにしてしまったのだ。
「まじ耐えられんわ。時間よとまれぇ」
 あながち冗談でもないような調子で翠がぼやく。リズは楽しい友達と少し早めに別れるのが嫌だったけれど、仕方なく教室まで戻ることにした。
「ごめん。忘れ物したみたい」
「あ、じゃあ、待ってるよ」
「うぅん。校門でたら方向違うし、先に帰ってて」
 秀子の言葉を断ると、靴を靴箱にしまって教室へ向かった。
「じゃ、また明日」
「また明日」
 途中振り返って、リズと2人は手を振りあった。
 階段を上って教室の前まで来ると、知っている声が聞こえてきた。ただならぬ激しい様子だ。リズは恐る恐る、それが自分達の教室から聞こえてくるのを確かめた。
「誰にも言わないって言ったろっ!」
「だから! 私は誰にも話してないって言ってんでしょっ」
 男子と女子が言い争っている声だ。女子の方は楓で、男子は、三島有紀だろうか、と、リズは声から検討をつける。有紀は、クラスの副委員長をしていて、温厚でリーダーシップもある立派な人だとリズは思っている。こんなに大声を張り上げるような人ではない。それを言えば、楓だってそうだが。
「だったらなんで噂になってんだよ! 他にどっからもれるんだよっ」
 机の倒れる音がして、リズは身をすくませた。有紀が机を蹴って倒したらしい。
「知らないわよそんなのっ。知らないったらっ!」
 楓の泣きそうなヒステリックな声で、リズはとうとうこの場に耐えられなくなった。ペンケースを諦めて、逃げるように玄関に走った。乱暴に靴を履き換えて、耳に残る2人の声を振り払うように、自分の家まで走り続けた。

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


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「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


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短編脚本「お父さん」より

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