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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「毒と卵」(I)

1

白い壁に囲まれた小さな部屋が浮かび上がる。正面に小さな窓があり、夏の日差しが差し込んでいる。その日差しを浴びながら、若い女が椅子に座っている。女の前には簡素な机があり、机の上には小さな電話が置かれている。ドアが開き、年老いた男が入ってくる。男は女の向かいに座る。

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1

白い壁に囲まれた小さな部屋が浮かび上がる。正面に小さな窓があり、夏の日差しが差し込んでいる。その日差しを浴びながら、若い女が椅子に座っている。女の前には簡素な机があり、机の上には小さな電話が置かれている。ドアが開き、年老いた男が入ってくる。男は女の向かいに座る。



「やあ……」


「はい……」


「暑いですね」


「ええ」


「うちわを持ってきました」


「そうですか」


「どうぞ、よかったら……」


男は手提げからうちわを取り出し、机の上に静かに置く。



「その……電話はありましたか」


「いいえ」


「そうですか……」


「ええ」


男、手提げから薬と水を取り出し、ゆっくり飲む。



「……あの……あすこに……見えますか」


「何でしょう」


男は窓の外を指さす。



「桜の木がありますね……」


「ええ」


「桜の木の下には死体が埋まっていますね」


「ええ」


「あすこの桜の下にも、死体が埋まっているんでしょうね」


「ええ」


「しかし、その死体は、僕がこしらえたものじゃないんですよ」


「ええ」


「僕は、人を殺したことはないんです」


「ええ」


「僕は、人を殺したことがないんです」


「ええ」


「僕は、悪いやつになりたかった」


「ええ」


「そのつもりで生きてきました」


「ええ」


「僕は、悪者になりたかった」


「ええ」


「僕には、ボスがいました」


「ええ」


「ボスも、悪者になりたかった」


「ええ」


「僕には、友達がいました」


「ええ」


「友達もみんな、悪者になりたかった」


「ええ」


「……僕や、ボスや、僕の友達が生まれたときには、すでに、革命も思想も死に絶えていました」


「ええ」


「多くの人が、ただ互いのどろどろした指や胸のうちをそれとなく絡ませ合いながら、なめくじのように這いつくばって、今日を生きていました」


「ええ」


「僕は、叫びたかった」


「ええ」


「未来と世界を股にかけて広がる、あの鈍く光る膜のようなものを、外側から破ってやりたかった」


「ええ」


「毒にも薬にもならない世界を、毒で満たしてやろうとした」


「ええ」


「僕らは、世界を攻撃することで、おのずと自浄作用が働いてくれるのではないかという希望を抱いていました。外側から破れば中のものは死んでしまう。しかし、内側から破られる膜の中には、これから誕生しようとする生命が宿っている」


「ええ」


「僕らには、正義の味方が必要でした」


「ええ」


「僕らはまず、自分たちが悪者であることを声高に叫びました。人の物を盗み、子供をさらい、兵器を開発して、政府を脅しました」


「ええ」


「それだけじゃない。僕は、右手に武器を移植しました。見えますか。腕に、切れ込みがあるでしょう」


「ええ」


「ここに、鋼鉄をも真っ二つにする鋭い刃を備え付けていたんです」


「ええ」


「僕は一度、路上に停めてあったパトカーを、その刃で、真っ二つにしたことがあります」


「ええ」


「しかし、人を殺したことはありませんでした」


「ええ」


「僕らは、なぜなら、僕らは……怖かった。誰も口には出さなかったけれどね。僕らは、正義の味方にやっつけられる日を夢見て生きていた。しかし、その夢を信じることはできなかった」


「ええ」


「人を殺すという、最後の選択肢を選んだあとに、もし、ずっと正義の味方が現れなかったら……僕らは、罪悪感以上に、世界に対して本当に絶望しなければならなくなるでしょう。僕らは、世界を信じたかった。つまり、悪に徹することができなかった。僕らは、中途半端なままだった」


「……」


「けっきょく、正義の味方は現れませんでした」


「ええ」


「僕らは、何もできないまま年老いていきました」


「ええ」


「やがてボスが死にました。仲間が死にました。生き残っているのは、僕を含めた数人だけになりました。いえ、僕ももうじき死ぬでしょう。僕は、僕が何者であったかもわからないまま、誰にも気づかれずに死んでいくのです」


「ええ」


「でも、僕は最後にどうしても確かめたかった」


「ええ」


「だからあなたを誘拐し、身代金を要求した」


「ええ」


「だが、何日経っても音沙汰がない」

女 
「ええ」


「……先ほど、病院に行って参りました」


「そうですか」


「僕はやはりもうすぐ死ぬそうです」


「そうですか」


「何一つ知りもせずに死んでいくのも人生さと、若い医者は言いながら、いつも通りの処方箋を書きました」


「そうですか」


「……あなた、あなたは、どう思われますか。もう悪も正義も存在しないのでしょうか? ……それとも、僕の、僕の頭がおかしいのでしょうか?」


「何とも言えません」


「あなたを誘拐することは、正義ですか? 悪ですか?」


「私にはわかりません」


日差しが強くなる。


2

年老いた女が眠っている。若い女がやってくる。



「母さん」


「う」


「母さんは、もうだめだそうよ」


「か」


「十日かそこらで死ぬそうよ」


「う」


「何か言い残したことはない?」


「か」


「母さんの人生は幸せだったわ」


「う」


「正義の味方の登場を夢見ながら、怪しい地下室で試験管を振り、出来上がった毒薬を眺めながら、百億人の人間が悶え苦しむ様を夢想して」


「か」


「ボスに抱かれ、私を生み、夢見心地のまま、けっきょく何もできずに年老いていった」


「う」


「それって、幸せだと思うわ」


「か」


「さよなら、母さん」


「う」


「百億人を殺すことのできる毒薬は、母さんのお墓に埋めておくわ」


「か」


「今日も正義の味方は現れなかったわ」


「へ」


母、懐からくしゃくしゃになったカレンダーを取り出し、今日の日付にペンで×を書く。



「さよなら、母さん」


「う」


母、動かなくなる。女、母の手からカレンダーを取り、すべての日付に×を書き込んでいく。


日差しが強くなる。


3

冒頭の男が一人で窓の外を眺めている。ノックの音がする。男がドアを開ける。大家がいる。


大家
「家賃」


「ああ、はい……」


男が財布を取り出す。


大家
「家賃をね……」


「ええ……」


男が数枚の紙幣を大家に手渡す。


大家
「はい……」


「あの……」

大家
「はい」


「廊下の蛍光灯が切れているんですが」

大家
「ああ、そうですか。……じゃあ、ちょっと直しますんで、脚立、貸してください」


「はい」


男が部屋の奥から脚立を持ってきて、大家に手渡す。大家が脚立にのぼり、男の玄関前の廊下の蛍光灯をいじり出す。大家の背中が見える。背中には怪獣のような背びれが生えている。尻にはしわしわになった尻尾がぶら下がっている。男はその背中をじっと見ている。



「目、いかがですか」

大家
「ああ、もうだめだね」


「そうですか」

大家
「もうじき見えなくなるって言われたよ」


「ふうん……」

大家
「あんたは、どうですか」


「ええ……」

大家
「だめですか」


「……」

大家
「そりゃよかった」


玄関の外を年老いた女が通る。女は手にゴミ袋を持っている。



(大家に)「あんた……」

大家
「おお……」


「ゴミ出すの忘れてる」

大家
「そこ置いといてくれ」


女、ゴミ袋を置いて去る。



「……臭いですね」

大家
「卵だ」


「え?」

大家
「卵の腐った臭い」


「そうですね……」


大家、脚立からおり、ゴミ袋を漁る。色とりどりの模様が描かれた、「怪獣の卵」然とした卵を取り出してみせる。


大家
「こんなでかいんだものね」


「……」


大家、卵を再びゴミ袋に投げ入れ、脚立に戻る。男、ゴミ袋の口を縛る。突然、卵を足で踏み砕く。大家が鼻をすする。


日差しが強くなる。

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間。



「やっぱ、別のことしよっか」


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