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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「マザーファッカー」(金魚風船)

ある家のリビング。どこか親近感のあるパーマにエプロンをかけた母親が夕食の準備をしている。



「後は、これを十五分煮込んだら、完成っと」


上手から足音が聞こえてくる。



「お、ちょうど帰ってきたか。ケンちゃん、後もう少しでご飯出来るから、先に手洗ってきなさい……」


母親の言葉が終わらないうちに、黄色の帽子に黒いランドセルを背負い、服が泥だらけの男の子が現れる。そして、母親に一言。


子供
「マザーファッカー!!」

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ある家のリビング。どこか親近感のあるパーマにエプロンをかけた母親が夕食の準備をしている。



「後は、これを十五分煮込んだら、完成っと」


上手から足音が聞こえてくる。



「お、ちょうど帰ってきたか。ケンちゃん、後もう少しでご飯出来るから、先に手洗ってきなさい……」


母親の言葉が終わらないうちに、黄色の帽子に黒いランドセルを背負い、服が泥だらけの男の子が現れる。そして、母親に一言。


子供
「マザーファッカー!!」


「……」

子供
「……」


「え……?」

子供
「マザーファッカー!!」


「うん……」

子供
「……」


「ケンタ、もう少しで」

子供
「マザー」


「カレーが出来るから」

子供
「ファッカー!!」


「洗面所で」

子供
「マザー」


「手を洗って」

子供
「ファッカー!!」


「うん、やっぱりここに座って」


二人椅子に座る。



「えーっと、いきなりのことでお母さん、凄い混乱してるんだけど……とりあえず、ケンちゃんがマザーをファッカーしたい方向で受け取るね」

子供
「ファッキン」


「『わかった』。そこは『わかった』で良いよ、ケンちゃん。じゃないと、話が決裂しちゃうから」

子供
「わかった」


「うん、大丈夫。えーっと……今ね、こうして、ケンちゃんに座って貰ったのは、何もお母さん怒っているからじゃないの、それは分かる?」

子供
「ファかる……」


「『わかる』。混ざってる、言葉が」

子供
「わかる」


「そう……そもそも、お母さんの教育理念としてはね、子供は常に変わっていくものなの。ケンちゃんはまだ分からないと思うけど、ほら子供って凄い、いろんなことに敏感で繊細だし。だから若いうちにいろんなこと感じたら良いと思うし吸収したら良いと思う。それがこれから、結果的に反抗期となって一時的にお母さんの手からケンちゃんが遠くなってもお母さんは全然恐くないし、むしろ誇らしく思う。でもね……でもだよ……今日の朝……今日の朝にね、『いってきます』って言ってお母さんのほっぺにチューしてくれたケンちゃんが、夕方に帰ってきて『おかえり』の言葉もろくに開口一番、そんなハリウッドな言葉投げかけてきたらさ、お母さんびっくりするじゃん。今日というこの一日がケンちゃんの心にどんな闇を落としたのかなって心配するじゃん……それは分かってくれる……?」

子供
「マザーファッカー!!」


「バカかよ……心配してるお母さんに、この世で一番投げかけちゃいけない言葉だよ、それ」

子供
「そうなんだ」


「ケンちゃん……その言葉誰から教わった? つばさ君? みつのり君? もしつばさ君なら、お母さんいつでもつばさ君の家に拳サイズの石投げてきてあげるから」

子供
「ツバサ・ファッカー!!」


(中指を立てて)「ファッカー!!」

子供
「ファッカー!! ……うん?  お母さん? 何、その指?」


「……え?」

子供
「何それ、凄いかっこいい!」


「えーっと……あ……これは……」

子供
(母親の真似をして)「ファッカー!!」


「あ、ケンちゃん……ごめん。お母さん、間違えた」

子供
「え?」


「こうだった、こう」


そう言って母親、親指を立てる。



「こう」

子供
「こう?」


「そうそう。やったぜ、みたいな。ファッカーって」

子供
(親指を立て)「ファッカー……?」


「そうそう。上手い、上手い」

子供
「ファッカー……」


「うん……で、誰なの?」

子供
「ブライアン」


「ブライアン? ブライアンって、あの三丁目の角に住んでる留学生の?」

子供
「うん、アメリカから来たって言ってた」


「そっかぁ、あの人凄い優しそうだもんね」


母、そう言って席を立ち、おもむろに電話をかけはじめる。


子供
「お母さん、何してるの?」


「今から、ブライアンを本土に強制送還して貰おうと思って」

子供
「キョウセイソウカン……?」


「ブライアン……ファッキン……」

子供
「ファッキン……?」


「ファッキン」

子供
「……ちょ、ちょっと待って……! お母さん……ブライアンは何も悪くないんだよ。むしろ僕を助けてくれたんだ」


母、受話器をおろす。



「どういうこと……?」

子供
「実は、今日ね……またつばさ君達に、いじめられたんだ……僕、勉強も運動も苦手だから、『バカ』とか『のろま』って言われて、傘でつつかれて泥投げられて……でも僕ずっと笑ってたんだ……」


「なんで……?」

子供
「泣いたら負けだと思ったから。ほらお母さん、よく言うじゃん。笑ってればいつか必ず良いことがあるって」


「……」

子供
「だから一人でブランコに乗って待ってたんだ。『早く良いことがやって来ますように』って」


「……うん」

子供
「そしたら良いことの代わりにブライアンがやって来てね……こう言ったの。『笑うよりも泣く方がずっと強い時もあるって』そしたらね、なんか涙が止まんなくなっちゃってね、ちょっと恥ずかしくなった……」


「……」

子供
「お母さん……? 大丈夫……?」


「うん、大丈夫。そうだよね、泣く方が勇気いる時あるもんね。お母さん、間違ってたかも」

子供
「でも、僕がちゃんと笑ってたから、ブライアンが来てくれたわけだから、お母さんは何も間違っていないよ」


「ありがとう」

子供
「で、泣き止んだ僕を見て、ブライアンはこう言った。『君はこれからも、様々な困難に立ち向かっていかなくてはいけない。それは君がこの世からいなくなるまで続くかもしれないし、もしかするといなくなってからも続くかもしれない。これは致し方のないことなんだ。でも、決して逃げてはいけない。ごまかしてはいけない。大切なことは立ち向かうことなんだ』」


「そっかぁ」

子供
「『でも、時にはくじけそうな時もあるだろう。負けそうになる時もあるだろう。そんな時には、いつもこの言葉を思い出して欲しい。マザーファッカー』」


間。



「……うん?」

子供
「うん」


「おしまい?」

子供
「うん、おしまい。ブライアンは笑顔で去って行った」


「……そっかぁ」

子供
「うん」


「マザーファッカー……」

子供
「マザーファッカー」


「……なんか違くね?」

子供
「何が?」


「その……話の過程と結末が……」

子供
「そうなの?」


「うん、少なくともくじけそうな時に発する言葉ではないと思う」

子供
「そうなんだ」


「え、ごめん、ケンちゃん、この言葉の意味は知ってる?」

子供
「何の?」


「その……マザー……」

子供
「マザーファッカー? さっきノリノリで言ってたじゃん」


「あ、うん。なんか勢いで……で、そのマザーファッカーの……」

子供
「知らない」


「知らないでさっきから連呼してるんだ」

子供
「うん」


「ねぇ、ケンちゃん、りんごは英語で言うとなんて言うか知ってる?」

子供
「知らない」


「じゃあ、おやすみなさいは?」

子供
「知らない」


「愛してるは?」

子供
「知らない」


「今の気分を一言で言うと?」

子供
「マザーファッカー」


「じゃあ、それが多分、ケンちゃんが生まれて初めて覚えた英語だ」

子供
「ファッキン」


「マフィアでも最初は、もう少しオブラートにいくよ」

子供
「マフィア・ファッカー!!」


「だめだめ、それは絶対言っちゃだめ」

子供
「なんで?」


「いやいや、マジでもっていかれるから。とにかく、それは絶対だめ」

子供
「わかった」


「でも、なんでそんな意味も分からない言葉を気に入ってるの?」

子供
「うーん、なんだろ。言葉の響きかな」


「言葉の響き? 語感がってこと?」

子供
「なんかこの言葉を言ってると凄い勇気出る」


「完全に使い方間違ってるけどね」

子供
「僕ね、やっぱりバカだから、ブライアンがせっかく一生懸命話してくれた『困難』の話も、この言葉を教えてくれた本当の意味もよく分からない。でもね、この言葉を言うと、やっぱり凄い勇気が出るし、自分が強くなれた気がするんだ。意味は全然違うかもしれないんだけど……でも……それはとても大切な気がする」


「そっかぁ」

子供
「うん」


「確かに、なんかテンション上がるもんね、この言葉」

子供
「うん」


「なんだか今日はケンちゃんに教えもらってばっかりだな」

子供
「へへへ」


「ねぇ、ケンちゃん……?」

子供
「何?」


「お母さんも、その……一緒に言っていいかな? ……ファッキン的なこと……」

子供
「もちろん!」


「ほんと? 実はさっきから言いたくてしょうがなかったんだ」

子供
「当たり前だよ。ファッキンはもうお母さんのものでも、あるんだから」


「ありがとう。……あれ? でも、ケンちゃん……そういえば、『ファッキン』って言い方はどこで覚えたの?」

子供
「ファッキン」


「ファッキン」

子供
「ファッキン」


「ファッキン」

子供
「ファッカー」


「ファッカー」

子供
「ファッカー」


「ファッカー」


みたいなことを、お互いの気が済むまでテンポ良く言い続ける。


子供
「マザーファッカー!!」


「マザーファッカー!! やべぇーすげー楽しい」

子供
「でしょ!」


「出来たら、マザーはやめて欲しいけど、それはまた今度いいや」


その時、インターホンの音がする。



「誰だろ、こんな時間に?」

子供
「……」


「どうしたの、ケンちゃん?」

子供
「つばさ君だ……」


「つばさ君? 何の為に?」

子供
「今日、漫画借りに来るって言ってたんだった……絶対帰ってこないけど……」


母、何かを思いついたように。



「ケンちゃん、今だよ!」

子供
「え?」


「今こそ、この言葉の本当の力を発揮する時じゃない」

子供
「この言葉って……マザーファッカー……」


「そう、マザーファッカー」

子供
「……いや、いいよ」


「なんで? ここで使わずして、どこで使うの」

子供
「少なくとも、ここでは使っちゃいけない言葉のような気がする……」


「なんでだよ……第一、ケンちゃん、この言葉の意味知らないんでしょ?」

子供
「うん……でも、今はやめとけと、語感が主張している……」


「ケンちゃん、ブライアンが教えてくれたことを思い出して。困難からは絶対に逃れることは出来ない。いくら逃げたふりをしたって、それはふりに過ぎない。立ち向かわなきゃ。その為の……言葉じゃ無かったの……」

子供
「……」


「もしこの言葉だけでだめでも……ケンちゃんにはお母さんがいるじゃない……」

子供
「……」


「一緒に乗り越えていこうよ。……その為に……私はきっといるんだから」


子供、母を見て頷く。そして、まるで自分に暗示をかけるかのように、「マザーファッカー」と繰り返し唱える。その言葉は回数を重ねるごとに、力強くはっきりとした口調へ変わっていく。母親もそれを支えるかのように頷き続ける。子供部屋から出て行く。そして……今までで一番力のこもった声で。


子供
「マザーファッカー!!!!」


しばしの沈黙。しかしその直後、沈黙を突き破るかのように、殴ったり、蹴り飛ばしたりする音が鳴り響く。時には、ガラスの割れる音さえも。母親は子供の元に駆け付けようとするが、じっと我慢する。


沈黙。


服がぼろぼろになり、顔もパンパンに腫らせた子供が下を向いて帰ってくる。子供は何も言わない。母親も黙っている。しかし、子供ようやく顔を上げると、親指を立て、最高の笑顔で。


子供「ファッキン」


母親も笑い、子供とがっちり手を握りあって、暗転。

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空疎

あなたはただのゼリーです
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あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


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「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


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「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


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「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

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