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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

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「living room from the sky」(空疎)

 僕は荒野の真ん中に、たった一人で立っていた。何をするでもなくただ一人で立っていた。見渡すと、どちらを向いても地平線だけが広がっていた。僕の回りには何もなかった。

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 僕は荒野の真ん中に、たった一人で立っていた。何をするでもなくただ一人で立っていた。見渡すと、どちらを向いても地平線だけが広がっていた。僕の回りには何もなかった。何もない荒野に一人で立って、僕はひどく不安だった。僕は思った。あぁここに、椅子があったらいいのに。すると、急に風を切る音がして、空から椅子が降ってきた。
 僕はちょっとばかりいぶかしんだが、試しに座ってみることにした。椅子に座ると、長い間立ちっぱなしだった両脚の休まるのがわかった。椅子は僕の体にぴったりフィットした。僕は思った。これは僕の椅子に違いない。僕は椅子に座って、のんびりと脚を休めた。
 しかしひとつ望みが叶ってしまうと、どうしても欲が出てしまうもので。僕は次にテーブルが欲しいなと思った。すると、また風を切る音がして、空からテーブルが降ってきた。それはとてもちょうどいい高さのテーブルだった。肘をつくと、手の平がちょうど僕の顎の位置にきた。僕は顎を手の平に乗せたまま、ひとつ重々しく頷いた。うむ。実にいい感じだ。
 椅子に座って、肘をついていると、今度は喉が渇いてきた。するとテーブルの真ん中に、マグカップが降ってきた。まさかこれで終りではあるまいなと、僕がマグカップをにらんでいると、マグカップの中にコーヒーが降ってきた。僕は満足して笑みを浮かべ、コーヒーを一口飲んだ。口の中に豊かな香りが広がった。実に美味しいコーヒーだった。
 こうなると何か甘いものがあったらいいなぁ、なんてことを考えていたら、マグカップの横に真っ白のお皿が降ってきた。僕が期待に胸を膨らませながらお皿を見つめていると、お皿の上にオールドファッションのドーナツがふたつ続けて降ってきた。僕は早速手を伸ばし、ドーナツを一口いただいた。実にちょうどいい、やわらかな甘みだった。僕は瞬く間にドーナツをふたつたいらげた。ドーナツを食べ終えると、また喉が渇いた。しかしマグカップは空になっていた。僕は期待を込めて、マグカップを見つめた。するとまた、マグカップの中にコーヒーが降ってきた。うむうむ、これでよし。
 適度にお腹がふくれると、人間というのは贅沢なもので、僕はちょっとばかり退屈してきた。すると僕の手の中に、一冊の本が降ってきた。ドストエフスキーの「貧しき人びと」だった。なんて気のきくことだろうと僕は思った。「貧しき人びと」は僕が一番好きな小説だった。僕はページをめくり、「貧しき人びと」を読み始めた。
 いくらかの時間が過ぎて、僕は「貧しき人びと」を読み終えた。顔を上げると、地平線の向こうに太陽が沈もうとしていた。辺りは少しずつ暗くなってきていた。暗くなってくると、少し寂しくなってきた。僕は、灯りが欲しいなと思った。するとテーブルの上にランプが降ってきて、ぽっと優しい灯りが点った。
 ランプの灯りをぼんやりと眺めていると、なんとなくタバコが吸いたくなった。するとテーブルの上に灰皿が降ってきた。さらにマッチとゴールデンバットも降ってきた。ゴールデンバットは僕が一番好きなタバコだった。僕はゴールデンバットを口にくわえて、マッチで火をつけた。そしてランプの優しい灯りを眺めながら、ゆっくりと煙を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出して、灰を灰皿に落とした。
 僕にはこれ以上、欲しいものが思いつけなかった。体にあった椅子とテーブル、ランプの優しい灯りとお気に入りのタバコ。マグカップには、熱いコーヒー。これ以上何が必要だろうか。僕はテーブルに頬杖をつきながら、火のついたゴールデンバットを灰皿でもみ消し、なんとはなしに「貧しき人びと」のページをぱらぱらとめくった。僕にはもう何も欲しいものはなかった。
 僕はだんだん眠たくなってきた。これ以上起きている理由はなかった。欲しいものは全て手に入った。もう、眠ろう。僕はランプの灯りを吹き消し、机に伏せて目を閉じた。僕にはもうなんの不安もなかった。だんだんと意識のほどけていくのがわかった。そしていつか、穏やかに、とても穏やかに……。
 僕は、眠りについた。


おわり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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