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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「黒色の部屋と壊れゆく白色の椅子」(空疎)

 ひとつの部屋があった。

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 ひとつの部屋があった。その部屋は完全な立方体を成していた。天井・床・壁の全てが黒色をしていた。天井・床・壁の見分けがつかぬほど、なんの影もできないほどに、それほどまでに深い黒色をしていた。その部屋には何も置かれていなかった。何の装飾も施されていなかった。しかしその部屋の中に、一点だけ、白色があった。
 部屋にはひとつのドアがあった。そのドアも部屋と同じく黒色をしていた。しかし四方を囲む黒色の中で、次の部屋の存在を示すかのように、そのドアのノブだけが白色をしていた。ノブを捻り、ドアを開く。するとそこには、またひとつの部屋があった。
 ドアの向こうの部屋も、やはり完全な立方体を成していた。天井・床・壁の全てが黒色をしていた。やはり天井・床・壁の見分けがつかぬほど、なんの影も出来ないほどに、深い黒色をしていた。しかしその黒色の部屋の中には、ひとつ目を引く白色があった。
 黒色の部屋の中、そこにはひとつの椅子があった。その椅子は見事な白色をしていた。それは完全な椅子だった。完全な円を成す座面に、流れるような弧を描く完全な背もたれが付き、完全な円を成す座面の下には完全な四本の脚がついていた。その白色の椅子は完全だった。まるで椅子のイデアであるかのように、完全な椅子だった。それは一点の汚れもない白色の椅子だった。
 白色の完全な椅子は、黒色の部屋の中で、確かな存在感を放っていた。部屋があまりにも深い黒色をしているので、完全な椅子の白色は、黒色の部屋の中で宙に浮かんでいるようにすら見えた。宙に浮かびながら、光を放っているようですらあった。椅子はそれほどまでに完全な姿をしていた。
 黒色の部屋の中には、椅子の他にもう一つ、白色があった。それはドアのノブだった。しかしその白色のノブには、一点の染みがあった。黒色の染みがあった。その染みは見る者の心に悪い予感を呼び起こした。ノブを捻り、ドアを開く。するとそこには、また、ひとつの部屋があった。
 新しい部屋は、やはり完全な立方体を成していて、深い黒色をしていた。天井・床・壁の見分けがつかなかった。そこにも一つ、白色の椅子があった。しかしこの椅子は、先の部屋の椅子とは少し様子が違っていた。完全な姿をしていた背もたれが、少し欠けていた。流れるような弧を描いていた背もたれに、僅かな欠損があった。
 欠けた背もたれの向こうには、黒色の壁が見えていた。欠けた白色の部位に、黒色が補われていた。それはさながら、黒色の部屋が白色の完全な椅子を侵食しているようであった。
 それはほんの僅かな欠損だった。しかし先の部屋の椅子があまりに完全な姿をしていたために、その欠損は異様な程に目を引いた。それは心の在り様を揺るがす異様さだった。眺めるだけで、脳に黒色が沈殿していくようだった。長く眺めていれば、その黒色の欠損に呑み込まれてしまいそうだった。白色の椅子は最早完全ではなかった。しかし完全な白色の椅子があったもとの部屋に戻る術は既になかった。閉じられた黒いドアは、黒い壁と一体となって、開くことができなかった。こちら側にノブはなかった。前に進むことしか出来なかった。
 その部屋にも白いノブがあった。そのノブには、先よりも大きな黒色の染みがあった。そこには先の暗い運命が漂っていた。ノブを捻り、ドアを開く。そこにはまた、ひとつの部屋があった。
 新しい部屋は、やはり完全な立方体を成していて、四方を深い黒色が囲んでいた。そこにはやはり、白色の椅子があった。新しい部屋の白色の椅子の背もたれは、相変わらず欠けていた。欠けた部位には部屋の黒色が侵食していた。そしてこの部屋の白色の椅子は、脚が一つ失われていた。前部の右側の脚が欠けていた。白色の椅子は三本の脚で不安げに立っていた。失われた白色の脚のあった場所には、部屋の黒色があった。完全な白色の椅子が、少しずつ部屋の黒色に呑み込まれていくようであった。
 壊れ始めた白色の椅子の向こうに、白色のノブがあった。白色のノブには、先よりもさらに大きな黒色の染みができていた。ノブを捻り、ドアを開く。そこにはまた、ひとつの部屋があった。
 次の部屋もまた、完全な立方体をなしていて、四方を深い黒色が囲んでいた。そこにはやはり、ひとつの白色の椅子があった。白色の椅子の背もたれは欠け、前部の右側の脚は失われていた。そして座面の真ん中に、大きな穴が開いていた。大きな穴からは、床の黒色が覗いていた。完全だった白色の椅子は、少しずつ、しかし確かに、黒色に侵されていた。完全だった白色の椅子は、その身に滅びの気配を漂わせていた。
 白色の椅子の向こうには、白色のノブがあった。白色のノブは、その半ばまでが黒色の染みに覆われていた。ノブを捻り、ドアを開く。そこにはまた、ひとつの部屋があった。
 次の部屋もまた、完全な立方体をなしていた。四方を深い黒色が囲んでいた。そこにはやはり、ひとつの白色の椅子があった。
 白色の椅子は、背もたれが大きく欠けていた。その半ば以上が失われていた。部屋の黒色に侵食されていた。座面には大穴が開き、もはや座ることは叶わなかった。椅子としての役目を果たすことはできなくなっていた。そしてその脚の二本までが失われていた。白色の椅子は残された二本の脚で、何かに立ち向かうように立っていた。その姿には痛ましささえあった。見る者の心を締め付けた。白色が欠けた部位には、一様に黒色が侵食していた。
 白色の椅子の向こうには、僅かに白色を残す、黒色の染みに侵されたノブがあった。ノブを捻り、ドアを開く。そこにはまた、ひとつの部屋があった。
 次の部屋もまた、完全な立方体をなしていた。四方を深い黒色が囲んでいた。そこに、ひとつの白色が落ちていた。
 それは、白色の椅子の欠片だった。流れるような弧を描いていた完全な背もたれは消えてなくなり、完全な四本の脚は全て失われていた。座面の欠片だけが黒色の床に落ちていた。それは椅子であった名残すら残していなかった。最早ただの白い欠片だった。黒色に囲まれた部屋の中に、白色の欠片だけが落ちていた。それはかつて、確かに椅子であった。しかし今は、ただの白色の欠片であった。その白色の欠片は、まるで黒色に食い尽くされた残り滓のようであった。
 白色の欠片の向こうに、白色があった。それはドアのノブであった。ノブに現れていた黒色の染みはどうしてか消え去っており、白色を取り戻していた。それは完全な白色のノブであった。白色をしたドアのノブは、深い黒色の部屋の中で浮かび上がって見えた。ノブを捻り、ドアを開ける。そこにはまた、ひとつの、部屋があった。
 その部屋は完全な立方体を成していた。天井・床・壁の全てが黒色をしていた。天井・床・壁の見分けがつかぬほど、なんの影もできないほどに、それほどまでに深い黒色をしていた。
 その部屋には、黒色以外の何もなかった。ただただひたすらに黒色をしていた。その部屋には、何の色もなかった。無限の黒色が広がっているだけだった。
 その部屋からは、進むことも戻ることもできなかった。先を見ても、後を見ても、ドアもノブも見当たらなかった。ただただひたすらに黒色に囲まれていた。しかしそこにはひとつの気配があった。それは椅子の気配であった。完全な白色の椅子の気配であった。その部屋には黒色以外の何もなかった。しかし完全な白色の椅子の気配があった。それはかつて存在した、完全な白色の椅子以上に、完全な白色の椅子の気配であった。
 そこには、黒色以外の何もなかった。しかし確かに、完全な白色の椅子があった。果てしない黒色の中に、一点の乱れもない黒色の中に、黒色の虚無の中に、完全なる白色の椅子はあった。完全な白色の椅子は、黒色の部屋の中で、これ以上ないほどの存在感を放っていた。完全な白色の椅子はすっかり黒色の部屋に呑み込まれた。しかしそこには確かに完全な白色の椅子があった。
 その部屋は、完全な白色の椅子であった。黒色の部屋は、完全な白色の椅子で満たされていた。何もない黒色の中に、全てがあった。失われた全てがあった。完全な円を成す座面があった。流れるような弧を描く完全な背もたれがあった。完全な円を成す座面の下には完全な四本の脚があった。それは輝かんばかりの白色をしていた。
 全て消えた。何もなくなった。そこには、全てがあった。黒色は白色であり、白色は黒色であった。そこには先も後もなかった。それこそが本当の完全なる存在の顕現であった。こうして完全な白色の椅子は、真実に完全な白色の椅子となったのであった。
 そこには何もなかった。それは完全なる黒色の無であった。しかしそこには、椅子があった。何もかもが消えた後に、ひとつの椅子があった。完全なる白色の椅子があった。
 ひとつの、椅子が、あった。

おわり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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