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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「鳥獣戯画」(I)

1

 (親父の墓参りに行くのはいつだっけ?)
 などということを考えながら、あとむはうらんの鼻の下の産毛を唇で挟んだ。うらんは長いまつ毛を伏せ、固く目を閉じ、小さな手で前髪を隠して、もう一つの手であとむの尻を触りながら言った。

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1

 (親父の墓参りに行くのはいつだっけ?)
 などということを考えながら、あとむはうらんの鼻の下の産毛を唇で挟んだ。うらんは長いまつ毛を伏せ、固く目を閉じ、小さな手で前髪を隠して、もう一つの手であとむの尻を触りながら言った。
「あんたがわたしのうえにのっかってきて ね わたしの肉が延ばされたりすると 地球に重力があることを思い出すのね ね 今まできづかなかったことを 思い出すわけだ なんだかおかしな言い方だけどね ね 細長い あんたの 愛みたいなものが 出たり入ったりするとね ね 空が澄んでいたり 同期の子の出産予定日が六月だったり 足の裏にも神経が通っていたりすることを ね」
 (冷蔵庫に苺が余っていたっけ?)
 などということを考えながら、あとむはうらんの腰の肉に鼻をすり寄せた。うらんは腿を震わせ、腋の下に汗をかき、頭の右側であとむのことを考え、頭の左側でカーテンが少し開いていることを気にかけながら言った。
「わたし あっ 確かなこと とか 確かなもの ってことばを聞くとね あっ いっつも思い出すのよ あっ 小学校のとき 実家の田んぼの真ん中で あっ わたしのおじいちゃんがね あっ 大の字で 死んでたんだけど あっ 彼方からカナカナの声 あっ あのときのじいちゃんの 腐りかけていた おちんちんをね あっ 思い出 あっ あっ あっ」

 (人が人の死に魅せられるのは、死後の世界への異国情緒なのかもしれない)
 などということを考えながら、あとむは便器に跨った。
「そのおちんちんには、妾が三人もいたっていうのに」
 うらんはカーテンの隙間に挟まった月を見ながら、蓋をするように布団をかぶった。



2

 電車の中でぶっ倒れたことがありまして、と、ばかぼんのぱぱは切り出した。笑うと鯨のような顔になる女医は、椅子をきしませながらボールペンをノックした。
「心臓が ええ 祖母ゆずりで ええ」
 笑うと鯨のような顔になる女医は、椅子をきしませながらボールペンをノックした。
「面白いことに気がついたんですよ ええ 電車っていうのは 前に進んでいるわけですよ ええ でもね、床に転がっていますとね ええ 上にのぼっている感覚になるんですね 空に向かってぐんぐん ええ」
 笑うと鯨のような顔になる女医は、椅子をきしませながらボールペンをノックした。
「すると 窓の外を飛ぶ鳥とか 予備校の看板なんかはね ええ 猛烈な勢いで 下界に落ちていくことになるんですよ ええ これがまた じたばたせず 静かに 静かに落ちていくんです ええ」
 笑うと鯨のような顔になる女医は、椅子をきしませながらボールペンをノックした。
「そうしたら とつぜんね ふと 俺は何でこの電車に乗ったんだっけと ふと ああ、そうだ 会社だっけ なんてね ふと でも、じゃあ何しに会社に って ふと これが 思い出せないんだ」
 ナースセンターではばかぼんのままであるところの看護婦が、三〇二号室の千羽鶴はいつ片付けようかしら、と、経費で買った紅茶を飲みながら考えていた。
「あ 革靴って みんな磨り減り方が違うんですよ 余談ですけど」



3

 のびたは夜中、洗面所の壁の隙間に帰ろうとしていた小さなゴキブリを殺した。黄色いプラスチックのコップで、冬の水を何度も叩きつけた。足をばらばらばたつかせてゴキブリは、ゴキブリ自身よりもずっと汚れた、黴と錆だらけの排水口に吸い込まれていった。放射性物質の検査を受けた水と、のびたの唾と、歯磨き粉の混ざった、白いどろどろした泡の中で、ゴキブリは涙をにじませた。遠き我が家に思いを馳せて。
「かどうかなんてわからねえだろ」
と、どらえもんは笑った。



4

 (ぼくはこれから母を葬る)
 と、たらおは喪服の胸元を直しながら、その言葉を反芻した。
 棺の中で母は銅版画のように描かれていた。
 たらおは母の部屋の雨戸を閉めた。四畳半南向きのこの部屋の真ん中に陣取り、母はずいぶん長い間、か細い死の予感で紡いだ繭の中で、帰路を指でなぞって暮らしていた。

 一人では動くこともままならなくなってから、母は急に癇癪を起こすようになった。母はたらおに怒鳴り散らした。誰のお陰でここまで大きくなれたと思っているんだ。たらおは笑って謝った。たらおの夕飯は冷たくなっていた。
 母の排泄物を風呂上りに処理していると、たらおはよく、母の手のやさしい厚みを思い出した。
 (便器の奥に閉じ込めたこれを表す、やさしい言葉はないものか)
 思い出すたびに、たらおは、心の底に追放した何かがゆっくり息をしているのを感じた。
 (小さなあぶくが、心の底から浮いてくる)
 この頃たらおは、会社帰りに詩集を買うことが多かった。
 (何か、やさしい言葉はないものか?)

「涙は安易に流されすぎる」
 祖母が死んだあと、母はそうつぶやいた。
「涙がたとえば、臭くてべとべとしていれば、そう易々と流されることもなかったでしょうに」
 たらおはその日の日記に、母のこの言葉を採集しなかった。ぼくはきっと、あの言葉を忘れられないだろうという確信があった。

 棺の中で、母は銅版画のように飾られていた。息子の涙には、祝福が欠けていた。集まった弔問客の手前。



5

 下り列車のボックス席に、白髪混じりの男の子が座っていた。床のしみを見つめて、彼にしかわからない言葉で詩を編んでいる。隣に座る禿げた母さんは口を開けて眠り、向かいの父さんがめくる雑誌には「最新家電」の文字が躍る。まるこは無意識のうちに、居留守を使っていた。夕焼けに染まる街の景色が目障りだった。まるこは、暗い目の奥にうずくまり、その鮮やかな暗闇の中で、例えば、愛とかについて考えることにした。まるこは整えられた美しい形の爪をぶら下げた細い指先で、まぶたの上から、自分の目を軽く触ってみた。
「こんな頼りないコリコリで? 世界のほとんどを知覚しているの? なんだか、泣きたくならない?」
 まるこはそう叫びだしたい気持ちをぐっと堪えて、愛とかについて考え始めた。
 夕日が明日に帰る空の中で、雲が、何者かに見られようとして、身をよじっていた。

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空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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