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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「監視カメラと白い骨」(I)



(研究所の一室。灰色の部屋。いろいろな機材や、分厚いファイルのぎっしり詰まった棚が、パズルのように整然と並べられている。)

 私は、

(冷たい天井の隅に、小さな黒い監視カメラが吊られている。)

 この部屋を見つめ続けてきた。

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(研究所の一室。灰色の部屋。いろいろな機材や、分厚いファイルのぎっしり詰まった棚が、パズルのように整然と並べられている。)

 私は、

(冷たい天井の隅に、小さな黒い監視カメラが吊られている。)

 この部屋を見つめ続けてきた。

(白衣を着た大勢の人間が、ひっきりなしに出入りを繰り返している。)

 この部屋を訪れる一人一人の顔を眺めてきた。たいていはどれも同じに見えた。時々、すごく良い感じがする者や、すごく嫌な感じがする者もいた。私はそのたびに微笑んだり、身構えたりしたが、レンズに映る者が善か悪かを判断するのは自分の仕事ではないということもわかっていた。ずいぶん長い間、私はそうして過ごしてきた。



(研究所の一室。灰色の部屋。冷たい天井の隅に、監視カメラが吊られている。ものすごく大勢の人間が、機材やファイルを運び出している。部屋が空っぽになっていく。)

 ある朝、いつもの倍くらい大勢の人間が部屋を訪れた。それから何か話し合いのようなことをして、物を運び出して去っていった。あっという間の出来事だった。それからあとは誰も部屋を訪れなかった。研究所から人の気配が消えた。そのままで何週間かの時間が過ぎた。
 ここは捨てられたんだ。
 ある朝私は理解した。
 じゃあ寝よう。
 その晩私は目を閉じた。



(研究所の一室。灰色の部屋。蜘蛛の巣が張った冷たい天井の隅に、監視カメラが吊られている。部屋の外から、廊下を歩く足音が聞こえてくる。監視カメラが、びくりとして目を覚ます。ドアが静かに開き、男が入ってくる。)

 男は青白い顔をしていた。糊の利いた白衣を着ていた。手にはクーラーボックスのような物を提げていた。嫌な感じがした。私は咄嗟に目を瞑った。

(男はクーラーボックスを部屋に置き、中から一本の骨を取り出す。骨には名札のようなものが付けられている。男は骨をじっと眺めたあと、静かに床に置き、再びクーラーボックスを抱えて、部屋から出て行く。)

 男の足音が消えた。私はおそるおそる目を開けた。埃が薄く積もった床の上に、白い骨が横たわっていた。私はうろたえた。この部屋に、私以外の者がいるのは久しぶりだった。夢でも見ているのかと思い、私は目を瞑り、もう一度目を開けた。しかし骨は消えていなかった。

(舞い上がった埃が、日にきらめきながら骨の上に落ちてくる。監視カメラはそれをじっと眺めている。)

 すごく良い感じがする。
 私は思った。そして再びうろたえた。そんなことを思った自分に対してだ。



(研究所の一室。灰色の部屋。蜘蛛の巣が張った冷たい天井の隅に、監視カメラが吊られている。その視線の先には、埃をかぶった骨が落ちている。)

 すごく良い感じは、日に日に増していった。私はもううろたえたりしなかった。私は骨の姿をもっと近くで見たいと思った。レンズを骨の美しい白で満たしたいと思った。骨の傍に座り、埃を払ってやりたいと思った。骨の名を知りたいと思った。骨に巻かれた名札には、何か文字が書かれていた。あれが骨の名に違いないと思った。骨の名を呼びたいと思った。そんなことを思うたびに、私はいてもたってもいられなくなり、あらん限りの力で身をよじった。結果はいつも空しかった。私は天井から動けなかった。当たり前のことだった。



(研究所の一室。灰色の部屋。蜘蛛の巣が張り、腐りかけた、冷たい天井の隅に、監視カメラが吊られている。その視線の先には、埃をかぶった骨が落ちている。)

 長い長い時間が流れた。部屋は物音一つ立てなかった。動くものは何もなかった。
 部屋の外では雨が降ったり、風が吹いたりした。時々人の叫び声も聞こえた。
 私には関係のないことだった。私はただ、骨を見つめ続けた。



 ある晩、私は夢を見た。
 乾いた大地と、素晴らしく青い空が見えた。緑の香りがする風が地平線に向かって吹きつけていた。どれもこれも初めて見るものばかりだった。
 太陽は暖かかった。むしょうに寂しかった。私は骨に会いたいと思った。しかし、辺りには誰もいなかった。私は馬に乗り、大地をどこまでも進んだ。遠くで足音が聞こえた。優しい声のようでもあった。振り向くと、沈みかけた太陽が薔薇色に輝いていた。やがて空が淡い闇に染まり始めた。そしてその闇の底に向かって、一筋の白い煙が昇っていた。
 あの場所に行けば骨に会えるに違いないと私は思った。私は馬の横腹を蹴った。白い煙はどんどん細くなっていった。いつまで走っても、煙のある場所にはたどり着けなかった。私は泣いていた。喉の奥から、声の塊が飛び出した。それは誰かの名前のように聞こえた。



(研究所の一室。灰色の部屋。窓の外から、激しい風と雷の音がする。)

 長い長い時間が流れた。私はただ、骨を見つめ続けた。あまりに長い時間が流れたので、私は自分が生きているのか死んでいるのかさえわからなくなっていた。ただ、私の真ん中に、すごく良い感じだけが残っていて、その感じだけが、私に骨を見つめさせていた。
 夏の嵐はもう何日も止まなかった。こんなことは初めてだった。窓に水の塊が打ちつける音を聞くたびに、私は嫌な感じがした。
 私は骨を見つめながら、もう一度あの夢が見たいと思った。今度こそあの煙にたどり着ける気がしていた。私は目を閉じた。

(雷が立て続けに鳴り響く。)

 頭のてっぺんに眠気が染み込んできた。すごく良い感じがした。
 どこかで大きな音がした。

(雷の光が消え、闇が膨れ上がる。突然、監視カメラを吊っていた天井が、メキメキメキ、と悲鳴を上げながら崩れる。監視カメラは床に叩きつけられる。)

 世界がでたらめに揺れた。全身に痛みが走った。むせるような埃のにおいがした。風が窓を破る音がした。すごくすごく嫌な感じがした。私は咄嗟に骨の姿を探した。しかし、レンズの中には腐った天井が広がっているだけだった。雨が吹き込んできて、レンズに吹き出物のような水滴が広がった。視界が歪んで暗くなっていった。どんな夢を見ようとしていたのか思い出そうとしたが、うまくいかなかった。

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空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
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中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


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美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
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「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

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