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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「浮遊赤花(ふゆうしゃっか)」(空疎)

 部屋の真ん中に、赤い花が浮いていた。

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 部屋の真ん中に、赤い花が浮いていた。
 それは人の頭ほどもある大きな花だった。花弁が幾重にも重なった、美しい花だった。赤い花は私の目の前で、無感動に浮かんでいた。私は赤い花に触れてみようと、ベッドから手を伸ばした。すると赤い花はすっと動いて私の手を避けた。私はベッドを出て、さらに手を伸ばした。すると赤い花はまたすっと動いて避けた。私は赤い花を捕まえようと、むきになって追いかけた。赤い花は小さな部屋の中をどこまでも逃げた。
 ようやくのことで私は、赤い花を部屋の隅まで追い詰めた。私はとうとう捕まえたと思った。しかしまさに触れんとしたその時に、赤い花の背にあった窓ががらりと開いた。赤い花はすっと動いて窓の外に逃げた。私は眉間に力を込め、逃げた赤い花を一睨みした。それから私は赤い花を追って、窓を乗り越えた。
 私は裸足の足で草を踏んだ。陽の光に眼を細めた。今日はとても気持ちのいい天気だった。空には雲ひとつなかった。陽の光の下で、赤い花は鮮やかに輝いた。赤い花はひどく美しかった。赤い花があまり美しいので、私は我を忘れて手を伸ばした。すると赤い花はまたすっと動いて避けた。私はふと我に帰った。ため息が漏れた。
 私は赤い花を追いかけて、裸足のまま草の上を歩き始めた。私が手を伸ばすと、赤い花はすいすいとどこまでも逃げた。私はどうしても赤い花を我が物としたかった。どうにかして赤い花を捕まえたかった。私は幾度となく手を伸ばしながら、逃げる赤い花を追って草原を歩いた。赤い花と私は、草原の上を進み続けた。
 どこからか、高く伸びる鳥の声が聞こえた。赤い花はまったく無感動に宙を滑り、すいすいと私の伸ばす手をかわし続けた。私はただ赤い花を追いかけて、草原をどこまでも歩いた。
 遠くに生い茂る木々の姿が見えてきた。赤い花は木々の生い茂る方へと向かって宙を流れていった。私も赤い花に倣い、木々の生い茂る方へと足を向けた。また、高く伸びる鳥の声が聞こえた。声は木々の生い茂る方から聞こえてくるようだった。いつか赤い花と私は、森の中へと足を踏み入れていた。
 頭上には木の葉が厚く重なっているというのに、辺りは木漏れ日が差し込んで、とても明るかった。高く伸びる鳥の声が響いていた。その声はどこかすぐ近くから聞こえていた。しかし鳥の姿は見えなかった。鳥の声が響き、木漏れ日が差し込む中を、赤い花と私は森の奥へと進んでいった。
 森が深まっても、木漏れ日はどこまでも明るかった。木漏れ日を受けた赤い花は、その花弁の一片一片をきらきらと輝かせていた。私はなんとしても赤い花を捕まえたかった。しかし赤い花に伸ばした私の手は虚しく宙を滑った。赤い花は私を嘲笑うかのように、すいすいと手を避けた。そして次第に、森の奥へと進んでいった。鳥の声は一層騒がしくなっていた。しかしその姿は見えなかった。私は赤い花を追いかけて、どこまでも深く森に立ち入っていった。
 いつの間にか、私は自分の歩いてきた方角を見失っていた。どこをどう歩いてこの場所へ来たのかわからなくなっていた。しかしそんな瑣末なことは、今の私にとって問題ではなかった。それだけ赤い花は美しかった。高く伸びる鳥の声が響く中、私は幾度となく赤い花に手を伸ばした。しかし私の手は赤い花を掠ることさえなかった。私が手を伸ばすたび、赤い花はすっと動いて避けた。避ける動きがまた美しかった。赤い花は実に優雅に宙を滑った。私は尚一層赤い花に心惹かれた。
 赤い花に導かれ、私は森の奥へ、奥へ、奥深くへと立ち入った。どれだけ歩いただろうか。私はとうとう、その場所へと足を踏み入れた。高く伸びる鳥の声が、辺りを包んでいた。そこは、花の園だった。
 そこは宙に浮かぶ赤い花の園だった。そこには赤い花が無数に浮かんでいた。自分の目の見開かれていくのがわかった。木漏れ日の差す中で、そこにはあの赤い花が、数限りなく浮かんでいた。辺りには、高く伸びる鳥の声が響いていた。私は半狂乱になって手を伸ばした。赤い花々は、私が手を伸ばすと皆、すっと動いて避けた。その動きがまた私を魅了した。高く伸びる鳥の声が響いていた。私は無我夢中で手を伸ばした。赤い花はすっと動いては避け続けた。
 私は右手を伸ばす、赤い花は避ける。一歩前へ踏み込む、左手を伸ばす、赤い花は避ける。私はくるりと後ろを振り向いて、また右手を伸ばす、赤い花は避ける、高く伸びる鳥の声が響く。私は木漏れ日の差す中で、踊るように花を追う。赤い花は避ける。空中を流れるように私の手を避ける。流れるように宙を舞う赤い花が、あまりに美しくて、私の口元には笑みが零れる。私は笑いながら花を追う。花の園でステップを踏む。私は赤い花とともに踊る、踊る、踊る。あぁなんて美しいこの時間、高く伸びる鳥の声が響く、まるで私たちを祝福するように。高く伸びる鳥の声が響く中、私達は踊る、木漏れ日の差す中で、私と赤い花は踊り続ける。
 ふと、誰かの声が聞こえた。それは、私のすぐ耳元で聞こえていた。ひどく柔らかな声だった。鈴の転がるような声だった。それが誰の声なのか定かでなかった。しかしそれはとても近しい声に聞こえた。その声を聞いて、私の頭は真っ白になった。
 気がつくと、私のこの指先が、赤い花のひとつに触れていた。私の指が触れた赤い花は、私の目の前で、ふわりと散った。幾重にも重なった赤い花弁が、ふわりふわりと散っていった。赤い花の散る様が、また私の胸を打った。私の唇が震えていた。私の胸が強く鼓動していた。
 いつか私は涙を流していた。私は口元に笑みを湛え、両の目から涙を流し、次の花を求めて、また手を伸ばした。私の指先が、また赤い花のひとつに触れた。私の目の前で、幾重にも重なる赤い花弁が、ふわりふわりと散っていった。辺りには高く伸びる鳥の声が響いていた。私は赤い花を求めて踊り、踊り、そして踊る。赤い花が散っていく。赤い花が散っていく。木漏れ日の差す中で、ふわりふわりと散っていく。私は笑いながら、泣きながら、赤い花に向かって手を伸ばす。あぁなんと美しい、散りゆく赤い花。ここは天上、無上の喜びが胸に満ちる。ひとつ、またひとつ、赤い花はふわりふわりと散っていく。
 そしてとうとう、私の前には、最後の一輪が残される。あぁ、この花が散ってしまったら、しかし私は見たい、この赤い花が散る様を、高く伸びる鳥の声が響く、私は最後の一輪に手を伸ばす、なんと美しい赤い花、この赤い花が散り落ちれば、それでも私は、手を伸ばさずにいられない、赤い花に向けて、あと寸毫の時が過ぎてしまえば、そのときには、あぁこの瞬間こそ私の全て、赤い花よ、我が愛よ、そして私の右の指先が、最後の赤い花に伸びる、触れんとする、あぁ、あぁ、赤い花よ、どうか願いが叶うなら、今よ、永遠に…………。
 森に、高く伸びる鳥の声が響く。



おわり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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