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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「夕焼け校舎」(小石薫)

 モルタルと靴が、柔らかく押し合っている。私は廊下の窓を開けて、三階からグラウンドを見下ろしていた。サッカー部が走り回っている。背中からは、まるでバックグラウンドミュージックみたいに、吹奏楽部の演奏が聞こえる。甲子園で聞くような、かっこうのいい曲だ。時々、その音楽が途切れるのは、テンポだとか、旋律だとかの、繊細な打ち合わせが行われているから。演奏会に向けて、みんな一生懸命なんだと聞いた。

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 モルタルと靴が、柔らかく押し合っている。私は廊下の窓を開けて、三階からグラウンドを見下ろしていた。サッカー部が走り回っている。背中からは、まるでバックグラウンドミュージックみたいに、吹奏楽部の演奏が聞こえる。甲子園で聞くような、かっこうのいい曲だ。時々、その音楽が途切れるのは、テンポだとか、旋律だとかの、繊細な打ち合わせが行われているから。演奏会に向けて、みんな一生懸命なんだと聞いた。
 音楽が途切れる度に、廊下の奥の方から、高らかな声が聞こえてくる。
「陽は、さらさらと、さらさらと差しているのでありました」
 張り上げた声が優しい調子で、間奏のように響いている。それも、また吹奏楽部の演奏が始まると、聞こえなくなってしまう。
「ここ! もう一回確認しよう」
 指揮者をやっている康平の声がして、音楽が止んだ。曲はいつの間にか、イッツアスモールワールドに変わっていた。康平が、特に思い入れを持っている曲だ。
 しばらく、校舎がシンとなった。詩を朗読する声も聞こえなかった。
 やがて、前より少し張りを無くした声が、遠慮がちに聞こえてきた。
「さて、小石の上に、今にも一つの蝶がとまり、淡い、それでいてくっきりとした」
『伝えたいことがある』
 春、美代子は、この文芸部の表題を誇らしげに掲げた。一つ上の先輩方が卒業して、彼女一人になってから、美代子はますます精力的に活動をするようになっていった。今年、三年生になる彼女が卒業してしまうと、文芸部は、事実上、廃部になってしまう。そんな中で、文芸部が、正確には美代子が掲げたのは、部の存続、という目標じゃなかった。きっとそれが、美代子の誇りなんだろうと思う。
 私は、そんな美代子を応援している。ただ、入部はしない。理由は、私も三年生だから、入ったところでなにも変わらないっていうのが一つ。それに、もしかしたら、入部することが美代子の励みにはなるかもしれないけれど、応援することと、当事者になってしまうことは、全然違う。当事者になってしまえば、横柄な感情の波に飲み込まれてしまう。それが、二つ目の理由。
 いつの間にか、グラウンドは夕焼けに染まっていた。吹奏楽はまだ再会されず、美代子の声も、どういう訳か途絶えてから、サッカー部のお互いに掛け合う声が聞こえ始めていた。
 帰る気にはなれない。親の居る家に帰ったところで、ひとつも面白い事はない。それなら、こうして、夕方の校舎で、色々な音楽を聴きながら、ぼんやりしている方が、ずっといい。
「いままで流れてもいなかった川床に、水は」
さらさらと、さらさらと。美代子の声はいがらんで、そこで突然途切れた。代わりに、苦しそうに咳き込むのが聞こえた。思わず、美代子の教室の方を見た。沈み始めた夕陽が、目の端に眩しく映った。
 美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。
「さらさらと、さらさらと、流れているのでありました」
 知らない音だった。若い、若いというのはおかしいけれど、とにかく私達よりも年下な、男子の声だった。
 下級生だ! 私は思わず両手を握りしめて、小さくガッツポーズをした。嬉しくて、嬉しくて嬉しくて泣きそうになった。
 突然、イッツアスモールワールドが始まった。重層的で軽快に、大きな音の流れが後ろから私を包み込んで、廊下の端から端までいっぱいに広がった。
 私は音楽の中で、これからどうなるんだろうと思った。美代子はこれからも朗読を続けるんだろうか。それとも、新入生と一緒に、なにか別のことを始めるんだろうか。一人が二人になっただけで、たくさんの事ができるようになるはずだ。
 明日、とにかく明日、康平にもこの事を話してやろう。そして、美代子にこれからどうするつもりか聞いてみよう。そう考えて、私は階段を駆け下りた。早く、明日に来て欲しいとさえ思った。
 二人の友達の、明日の笑顔を思って、私は一人微笑んでいた。



※ 引用詩 中原中也『ひとつのメルヘン』

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空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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