忍者ブログ

文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「レッドスクーター」(小石薫)

 由衣は、過去に向かい走っている。ダークレッドのスクーターにまたがり、シルバーのフルフェイスメットをかぶって砂利道を行く姿は、牧歌的でさえあった。反面由衣の内心は、道半ばを過ぎたあたりから落ち着かず波打っている。
 由衣は中学を卒業後、小学生だった間暮らした街に帰った。そして高校生になった今、スクーターを走らせて、中学時代を過ごした町に向かっている。過去を過去にするために。

-------------------------------------------------------------------------------------

 由衣は、過去に向かい走っている。ダークレッドのスクーターにまたがり、シルバーのフルフェイスメットをかぶって砂利道を行く姿は、牧歌的でさえあった。反面由衣の内心は、道半ばを過ぎたあたりから落ち着かず波打っている。
 由衣は中学を卒業後、小学生だった間暮らした街に帰った。そして高校生になった今、スクーターを走らせて、中学時代を過ごした町に向かっている。過去を過去にするために。
 町は、以前と何も変わっていないように見えた。よく通った小さな書店も、コンビニも、カラオケも、みんなそのままの場所にあった。けれど由衣は、その様子の中を全く新鮮な思いで走っている。
「もうわたしの町じゃないんだ」
あの頃は、この町に由衣の家があった。つまり、生活の中心点が。それが無くなるということが、どんなに景色を変えてしまうかということを、由衣はこの時初めて知った。
 はじめ由衣は、見慣れた道をひと回りして、すぐに帰るつもりだった。中学時代の知り合いには、会いたくない人間が何人もいる。今の街と距離にすれば、スクーターでそれ程時間も掛けずこられるくらいなのだから、それ程離れていないが、生活圏は全く重ならない。生活圏が違えば、当然普段は会うこともない。ところが、気が変わって、由衣は馴染みの場所のコンビニに入ってみる気になった。喉が乾いていたこともあるが、少しばかり懐かしみたい気持ちが湧いてきたのだった。このコンビニには、平和な思い出が多い。スクーターをコンビニの脇に止め、窮屈なヘルメットを外す。解放感から大きく息をついた時、聞き覚えのある声が降ってきた。
「あれ、由衣じゃん。隣に越したんじゃなかったの?」
寒気を感じながら振り返ると、髪を金色に染めた女子高生が立っていた。松原君子。黒板消しの匂いとか、トイレの床の感触とか、膝をついて謝らせられた土の記憶とか、色々な思い出が、一度に由比の胸に蘇った。
「あ」
喉が引きつって、それだけ言うのが精一杯だった。
「なにしてんの?」
君子の言葉に、嫌味な様子はなかった。それでも由衣は、暗闇に目を凝らす子供のように、強く警戒している。
「あ、買い物」
「そうじゃなくて」
君子は焦れたように言う。由衣は、それだけで萎縮した。
「あれ、そのバイク、由衣の?」
不意に、君子の視線が由衣のスクーターに向けられた。
「え、そうだけど」
「ふぅん」
君子はそれだけ言って、まじまじとダークレッドのスクーターを見つめた。
「わたし!」
君子の視線が、由衣に移る。
「もう帰るから」
「あっそ」
君子は興味なさそうにそれだけ言うと、足早にコンビニへ入って行った。君子がいなくなってから、由衣はしがみつくようにスクーターのハンドルにもたれた。
「帰ろう」
過去は、現在にはっきりと足跡を残していた。由衣は、惨めさの涙を堪えながら、スクーターを走らせた。
――でもまぁ。
と、由衣は湿った心でつぶやいた。
――勉強にはなった。衝突しないようにすれば、友達はできるわけだから。
心の一部が、違うと叫ぶのを由衣は無視し続けている。変わった人間だと思われなければ、みんなと同じようにしていればいいのだ。ただの道具に名前をつけたり、変な脳内トモダチを作ったりしなければいいのだ。由衣は、自分にそう言い聞かせている。子供はやめて、大人になろうと。由衣は自分を殺して、周囲に溶け込むことが、うまく溶け込めるようになることが、大人になるということなのだと信じていた。
 心の一部が鳴らすシグナルを掻き消すように、由衣はスクーターのスピードを上げた。

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

当サイトについて

文芸サークル「鉄人四迷」の作品を公開しています。
小説・詩・脚本を中心に、月ごとのテーマ読み物など随時更新中。
それぞれ違うタイプの作家たちによる、バラエティ豊かな作品をお楽しみください。(作者紹介はこちら。
ご意見・ご感想お待ちしております! コメント欄もしくはメールフォームよりお送りください。

なお、当サイトで公開している各作品の著作権はすべて作者に帰属します。
掲載された文章の無断転用を禁じます。

作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


---------------------------

六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

---------------------------

小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


---------------------------

金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

お問い合わせメールフォーム

カレンダー

11 2018/12 01
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

リンクについて

リンクはご自由にお貼りください。
連絡は必須ではありませんが、いただけたら喜びます。
必要であれば下記のバナーをご利用ください。





サイト名 :
文芸サークル「鉄人四迷」のページ
URL :
http://4mei.blog.shinobi.jp/

ブログ内検索

P R

Copyright © 文芸サークル「鉄人四迷」のページ : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]