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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

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「コップのイサイア」(空疎)

 イサイアは、水の入ったガラスのコップに住んでいました。イサイアは気がついたときからずっと、コップの中に住んでいました。

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 イサイアは、水の入ったガラスのコップに住んでいました。イサイアは気がついたときからずっと、コップの中に住んでいました。
 イサイアはいつも、ガラスの壁にもたれて座っていました。どこからかちょっとだけ射してくる光を眺めるのが、イサイアの楽しみでした。イサイアがさわってみようと手を伸ばすと、光はゆらゆらゆれました。その様子がとてもきれいだったので、イサイアは光で遊ぶのが好きでした。イサイアが指をのばしてくるくるまわすと、光もくるくるまわりました。イサイアが嬉しくなって少し笑うと、水の中に泡が浮かびました。そんなときは、泡もきらきら光りました。
 イサイアはコップの中で、幸せでした。イサイアは光を眺めてさえいられたら、それだけで満ち足りました。イサイアはコップの中のことしか知りませんでした。イサイアはコップの外を、思いもしませんでした。

                     ○

 あるときイサイアが光をゆらして遊んでいると、どこからか鳥が一羽とんできました。鳥はイサイアのコップの縁にとまりました。イサイアは鳥を見るのは初めてでした。
「君は、なに?」
「ぼくは渡り鳥だよ」
「渡り鳥って、なに?」
「旅をする鳥のことだよ」
 そう言われても、イサイアにはよくわかりませんでした。イサイアは、ただ「ふうん」とだけ答えました。
「君はなにをしてるの?」
 こんどは鳥がイサイアに聞きました。
「ずっとここに座っているよ」
「ずっと? 君はどこかに行かないの?」
「ぼくはずっとコップの中だよ」
 どこかってどこだろうと思いながら、イサイアは光の中で指をくるくるまわしました。光はくるくるゆれました。
 イサイアの言葉を聞いて、鳥は可哀想に思いました。鳥は今までに色んなところへ旅したことを、イサイアに話してあげることにしました。
 鮮やかな色の花を見た話、雪に降られて困った話、静かな湖で休んだ話。鳥は浮かんだ思い出を、次々イサイアに聞かせました。
 鳥の話を聞いていても、イサイアにはやっぱりよくわかりませんでした。ですが鳥がとても楽しそうに話すので、どれもきっといいものなんだろうなと思いました。
「今度君も一緒に行ってみないかい」
「どうやって?」
「僕の仲間をつれてくるから、みんなで君を運べばいいよ」
 イサイアはまた「ふうん」と言って、光に泡を吹きかけました。泡はくるくるまわりながら浮かんでいきました。一緒に行こうと言われても、イサイアにはよくわかりませんでした。
「じゃあ、またね」
「またね」
 そうして鳥はとんでいきました。鳥がとびたつとコップは少しゆれました。光もつられてゆれました。イサイアはその様子を見て、きれいだなと思いました。

                     ○

 それからもイサイアは今までどおりに光を眺めて過ごしました。少し違っていたのは、ときどき鳥のことを考えるようになったことです。
 花とはどんなものだろう、雪とはどんなものだろう、湖とはどんなものだろう。イサイアは鳥の話をふわふわ思い出しました。ですがイサイアには、花も雪も湖も、まったく想像できませんでした。

                     ○

 それからしばらくすると、鳥は約束したとおり、二羽の仲間をつれてやって来ました。
「さあ、一緒に旅にいこう」
 イサイアは返事をしませんでした。ただなんとなく鳥を見ていました。イサイアには、やっぱりよくわかりませんでした。
 三羽の鳥はコップの中に足をのばして、イサイアの腕と背中をつかみました。イサイアはゆれている光を眺めながら、どうやらぼくは旅というものに行くらしい、とぼんやり思いました。
 三羽の鳥はイサイアをつかんだまま、いきおいよくとびあがりました。するとイサイアのコップはカシャンと倒れてしまいました。水はこぼれ、光は消えてしまいました。
 鳥たちに運ばれながらイサイアはずっとコップを見ていました。
「ぼくのコップはわれてしまった」
 鳥はとぶことに夢中で、コップがわれたことに気がつきませんでした。イサイアに花を見せることばかり考えていました。
 イサイアはコップのことを思いました。ゆらゆらゆれた光を思いました。これからどこに行くのかな、と思いました。
 そしてイサイアは、鳥につれられて、とんでいきました。

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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