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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「エリナー・リグビーと最後の日」(I)

 蛇に咬まれた。あと1日の命だという。

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 蛇に咬まれた。あと1日の命だという。

「大変お気の毒な話なので」
 医者がいくらかの金を手渡してきた。
「これは?」
「好きに使ってください。有意義な余生を」
「使い道が見当たりませんので」
 私は金を丁寧にたたみ、医者の手に返した。医者は困った様子で言った。
「たとえば、死ぬまでに行きたい場所とか」
「はあ」
「食べたい物とか」
「はあ」
「会いたい人とか」
「はあ」
「芸能人にも会えるかもしれませんよ」
「どうして?」
「あなたは有名人だから」
「そうなんですか」
「あなたを咬んだ蛇は大変珍しい種類でしてね、“俺も咬まれたかった”なんて言う人もいるくらいで」
「ふうん」
「だから、頼めば芸能人にも会えるかもしれませんよ」
「そうですか」
「芸能人、興味ないんですか?」
「蛇は、あのあとどうされました?」
「すぐに動物園に寄贈されましたよ」
「そうですか。では、蛇を見て残り1日を過ごすことにします」
「家族とか、友人なんかと過ごされては」
「いません」
「はあ。芸能人、興味ないんですか?」

 動物園に行くと、蛇の檻の前に人だかりができていた。
 檻に近づいたところで、誰かが私に気づき、携帯電話のカメラを向けてきた。すぐに間の抜けたシャッター音が響き、その音をきっかけにひそひそ声がさざ波のように拡がった。いたたまれなくなって檻を離れベンチに座っていると、人々が遠巻きに私を取り囲んでいた。見えない檻に納められたような気持ちだった。彼らは写真を撮ったり、私を見て笑っていたりした。気の毒そうな顔で私の姿を画用紙にスケッチしている少年もいたりして、色々な人がいるもんだと思った。
 ベンチに座ってうとうとしているうちに、いつの間にか日が暮れていた。私を取り囲んでいた人々はみなどこかに消えてしまっていた。
 閉園時間のアナウンスが流れる中、ひと足もまばらになった蛇の檻を覗くと、ジャングルを模したセットの中で、蛇がとぐろを巻いて眠っていた。私を咬んだときよりも、いくらか小さく見えた。

「これはこれはようこそ」
 後ろを振り向くと、痩せたおばさんが立っていた。飼育員の格好をしていた。
「すみません、何のお構いもしませんで」
「お気遣いなく」
「かわいい寝顔でしょう」
「そう言われてみればそんな気もします」
「人を咬むなんてとても思えませんよね」
「ふうん」
「今この子の愛称を公募しているんですが、よろしければ何かつけてあげてください」
「僕でいいんですか」
「もちろんよ」
 おばさんはメモと鉛筆を手渡してきた。
 私は少し考えて、“エリナー・リグビー”と書いた。
「素敵な名前。でもちょっと長すぎるかしら」
 おばさんはメモをポケットに突っ込んだ。たぶん捨てられるのだろう。

 家に帰ってラジオをつけた。布団にもぐって耳を澄ませると、落語か何かをやっていた。
 エリナー・リグビーを捜してチューニングのつまみをぐるぐる回したが、面倒になって途中でやめた。
 布団の中でじっとしていると、少しずつ体が冷たくなっていくのがわかった。ラジオはずっと雑音を吐いていた。

 蛇に咬まれた。あと1日の命だという。

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空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
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 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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