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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「なんにもない」(金魚風船)

 二カ月ほど、付き合った人にフラれた。

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 二カ月ほど、付き合った人にフラれた。
 ここ一週間ほど連絡が取れず、送信ボックスの容量だけが消えていった。
 再び孤独に負け、メールを送る。
 どうして連絡をくれないのかといった、物事をわざわざ自分から泥沼化させるものではなく、極めて明るいポップな題材を選ぶことにした。
「先週、駅前にクレープ屋がオープンしたんだって! また予定が合ったら行こうよ」
 使い慣れない絵文字も使ってみた。顔を赤らめ、目は歓喜の興奮で「く」みたいになっている。あの人が好きで、よく新しい顔文字を発見すると嬉しそうに見せてきたのを覚えていた。
 三十分後、メールが帰ってきた。内容は予定のことでも、クレープ屋のことでもなく、ただ別れて欲しいという文字だけが画面に映っていた。顔文字は無かった。何となく予想はして準備していたけれども、やっぱり目の前が真っ暗になった。

 そこから先のことを思い出そうとした瞬間、Mがやってきた。気怠そうなMの右手にはアイスコーヒー、左手にはクリームが今にも零れ落ちそうなほど詰まったクレープがあった。
 「良いね、ここ」と独り言の様に言った後、こちらを向き「で?」と笑った。しかし、消沈している自分を敢えて励ますような笑いではない。言葉を終えた後も、ニタニタニタニタ笑いながら、クレープにかぶりつきながらこちらを見ている。かぶりつかれて半分になったイチゴが唾液で透明な糸になっているのが見えた。やっぱりこいつを呼んだのが間違いだったと考えたが、仕方が無い。何十億もいる人間の中で、自分のこの気持ちを話せる者はこれしかいないのだ。
 昨日あったこと、その前のことも一つずつ話した。先程思い出し損ねた、メールが来た後の話もした。目の前が真っ暗になり、でもせめて最後くらいは綺麗に終わらせようとして、電話をし、やっぱり全部泥沼みたいになってしまったと。
 Mは基本笑って、たまに真面目に聞く演技をして最後まで聞き終えると、「お前は人が良すぎるんだよ」とよく分からないことを言った。これ以上、話すことは諦めた。
 外を見上げると、薄い青空にうろこ雲がやんわりとかかっている。
 胸がギュッと痛んだ。
 目線を前に戻すとMは携帯を睨みつけるような目でいじっている。
「何してるの?」
「ゲーム」
「何の?」
「まぁ」
 Mはそれ以上、何も言わなかった。やっぱり家にいれば良かったと思った。
 胸だけがどんどんと重くなる。
 もう二度とこいつとは口を利かないと思い、黙っていたが、やっぱり我慢できなくなり話しかける。
「あのさ、最近ちょっと気づいたというか、発見したんだけれども……」
「……何?」
 Mがだるそうな半笑いでこちらを向く。
「よく言葉として胸が痛くなるとか重くなるって言うけどさ……あれ、ほんとにそうだよね。なんかさ、昨日ほんとに嫌で辛いことばっかりだったんだけどね、唯一それが嬉しくて……」
 Mはよく分からない顔をして戸惑っている。それがたまらなく、更に話を駆け巡らせる。
「だから、つまり……人間の中心って一応脳にあるとは思うだよね。でもね、ほんとに悲しくなったり、切なくなったりするとさ、痛くなるじゃん、胸が。ってか、なったんだよ。それってね、脳から離れた心ってもんがさ、やっぱりここにはあるってことなんじゃないのかな。もしかしたらただの錯覚かもしれないんだけど……でも、錯覚だとしてもちょっと凄くない?」
 Mは自分の話を聞き終えると、いつにない真剣な顔で考えた後、早口で答えた。
「ああ、それね。確か錯覚でも何でもなくて、昔教科書で見たんだけど、アドレナリンか何かは忘れたけどそういう分泌液に影響なんじゃないの。心臓とか胃って凄いデリケートでストレスとかの影響を受けやすいからさ。ほら、よく緊張するとさ、ドキドキするじゃん。あれと一緒だよ」
 Mはそう言い終えるとアイスコーヒーをすすり、クレープの最後の欠片を口に頬張った。
 結局、三十分ほどで店を出て、本屋でも行かないかとMを誘うと、今日は疲れたから帰ると言った。
 駅の改札に消えていくMを見送った後、そっと胸に手をあててみた。何の音も聞こえなかった。

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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