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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「恋に効く薬」(空疎)

 近頃の僕は全くもって様子がおかしい。どうにもあの娘を前にすると、決まって調子が狂ってしまう。近頃じゃ思い浮かべただけで胸が苦しくなる呼吸が辛い。ひどい場合になると手は震えだし言葉はどもる。いったい僕は、どうしてしまったんだろう。あぁ、また胸が苦しくなってきた。呼吸が辛い。これはいったい、どういうことだ?

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 近頃の僕は全くもって様子がおかしい。どうにもあの娘を前にすると、決まって調子が狂ってしまう。近頃じゃ思い浮かべただけで胸が苦しくなる呼吸が辛い。ひどい場合になると手は震えだし言葉はどもる。いったい僕は、どうしてしまったんだろう。あぁ、また胸が苦しくなってきた。呼吸が辛い。これはいったい、どういうことだ?
「たしかにそれは、大変そうだね」
「本当にもう、どうしたらいいのか……」
「そんなに辛いなら、いい人を紹介してあげようか」
「いい人? ってどんな人?」
「僕の親戚の人の知り合いの人が師事している人が、そういうことに詳しいらしいよ」
「そういうことって?」
「それは君、つまり悩み事だよ。もし何かに悩んでいる友達がいたら知らせるようにって言われているんだ。君、今まさに悩んでいるだろう」
「そう、そうだね。たしかに、悩んでいる。だけどその人は、信用できるの?」
「どうかな。その親戚の人はあんまり信用できないけれど」
「じゃあダメじゃないか」
「だけど、信用できないような人が信用している人なら、これはかなり信用できると言っていいんじゃないかな」
「うぅん、一理あるのかな……?」
「あるある。ものは試しだよ、悪化するってこともないだろうし。よく言うだろ、悩むより行えって」
「それ誰かの格言?」
「いや、僕が今考えた」
 僕の友達の話は全体にどこか怪しげだったけれど、それ以上に僕は苦しかった。悩んでいると言えば、たしかにひどく悩んでいる。今までの人生で一番悩んでいると言っても過言ではない。これが解決すると言うなら、ものは試し、その人を頼ってみてもいいのではないだろうか。そう考えた僕は、まずは友達から「親戚の人の知り合いの人」の連絡先を教えてもらうことにした。

(二日後)
 相談をした翌日、友達はさっそく例の信用できない親戚の人から「知り合いの人」の連絡先を聞いてきてくれた。そして今日は、早くもその人と面会する運びになっていた。
 指定された駅へ出かけると、大柄な男の人が僕を迎えに来ていた。どんな人が現れるのかと不安だったけれど、その人はしっかりとスーツを着込んだいかにも信用できそうな人だった。僕は日頃スーツを着た人と関わる機会がなかったから、いくらか緊張してしまった。
「あなたが、博士に相談をしたいという方ですね」
「博士?」
「えぇ、何か悩み事がおありになるのでしょう? 博士に相談に乗っていただけるなんて、滅多にない機会ですよ」
「そんなに立派な方なんですか?」
「もちろんです。その世界では非常に名の通った方ですよ」
 もしかしたら僕は、その世界がどの世界だったのか、このときにしっかりと聞いておくべきだったのかもしれない。だけどこのときの僕は、大柄な人のスーツ姿をすっかり信用していたので、それ以上何も聞かずについていくことを決めていた。
「では、行きましょうか」
 そういうと大柄な人は、僕を近くに停めてあった車に案内した。それから大柄な人の運転で十分も走ると、車はすぐに止まった。そこは立派なマンションの駐車場だった。
「ここなんですか?」
「はい。今はこのマンションにお住まいです」
「今は?」
「博士はご多忙な身なので、方々越してばかりなんです。だから今日のあなたは、本当に幸運なんですよ」
 話を聞くほどに、なんとかなるかもしれないという期待で胸が膨らんだ。大柄な人はエレベーターに乗り込むと、マンションの最上階を示すボタンを押した。ガラス張りのエレベーターから見える景色が高くなるにつれて、なんだか現実が遠のいていくような気がした。
 エレベーターを降りると、広々とした豪奢なフロアが待っていた。掃除の行き届いた清潔な通路をしばらく歩くと、大柄な人はひとつのドアの前で足を止めた。大柄な人は僕に向けて一度微笑むと、ドアを開け、部屋の奥を片手で示した。
一歩踏み入ると、異様な匂いが鼻をついた。それまでの通路とは打って変わって、中はひどく雑然としていた。玄関を入ってすぐの廊下には、なんなのかまったくわからないものが大量に散らばっていた。それは本当になんなのかまったくわからなかった。その有様を目にして、僕はほんのちょっとだけ不安になった。
「すみませんね、少し散らかっていて」
 それは「少し」なんて言葉ではとても足りない散らかり具合だったけれど、僕は失礼になると思って何も言わずにいた。なにしろ名の通った博士の部屋なのだ、得体の知れないものの山くらいあって当然のことだろう。大柄な人がつま先で廊下を進むのに続いて、僕もつま先で廊下を進んだ。また一つ扉を開けると、広々とした部屋に出た。
広々としたその部屋は、廊下どころではない散らかりを呈していた。用途のわからない機械がうず高く積まれ、コポコポと泡を立てるビーカーが火にかけられ、何かの動物の巨大なぬいぐるみ(なんの動物を模しているのか僕にはわからなかった)が汚い本の詰まった棚の上に鎮座していた。その部屋に「信用できない親戚の人の知り合いの人が師事している人」、つまり例の「博士」が待っていた。
「やあ、待っていたよ」
部屋の真ん中の大きなテーブルの向こうに、博士は笑みを浮かべて座っていた。博士は薄汚れた白衣を着て、爆発に巻き込まれたようなぼさぼさの頭をしていた。その姿はどこか僕に雷様を思わせた。なにしろ名の通った博士だということなので、もしかしたら何かの実験の最中に、本当の爆発に巻き込まれたのかもしれない。僕は出会ったばかりの博士に対して、早速大きな敬意を抱いた。この人なら僕の瑣末な悩みなどすぐに解決してくれそうだ、と思った。
「話は聞いているよ。さあ、そこに掛けたまえ」
 博士がそう言うのと同時に、大柄な人が機械の山の中から椅子を引っ張り出して僕に差し出してくれた。僕は軽く頭を下げ、椅子に座り博士と向かい合った。
「どうも、今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしく。それで今日はどうして来たんだい」
「あの、話を聞いているというのは?」
「冴えない少年が何か悩んでいる、とだけね。それで悩みというのは何かな」
 僕は「冴えない」という形容詞がどの段階で付与されたのかひどく気になったが、口には出さず事の次第を博士に伝えた。つまり、あの娘のおかげで胸が苦しい呼吸が辛い、ときには言葉がどもり手は震える、というようなことを。
「なるほど。ちなみに君は、今いくつだね」
「今年で十六になります」
「十六か。ちょうどそういう年頃だね。なに、それは成長痛みたいなものだよ、誰しも通る道だ」
「ですが、ひどく辛いんです。どうにかならないものでしょうか」
「安心したまえ、私のところへ来たのは大正解だよ。それで今は、そういった症状はあるのかな」
 博士にあの娘の話を始めてから、胸が締め付けられたような感じがして、呼吸が辛くなっていた。だから僕は博士にそのまま伝えた。
「ふむ、たしかに辛そうだ。よし、薬を出そう」
「え、薬ですか?」
「そう、薬だ。辛いんだろう? 私がすぐに解決してあげよう」
「あの、比喩でなく、本当の薬ですか?」
「もちろんそうだ。君、これをここへ」
 そう言うと博士は手元の紙に何か走り書きをして、横に立っていた大柄な人に渡した。大柄な人は走り書きを見て軽く眉間にしわを寄せ、僕の方をちらと見てから、博士に一度頷き部屋の外へ出ていった。
「僕のコレは、本当に薬でいいんですか?」
「しつこいな。なんだってまずは信じることだよ」
 博士と同じような問答を繰り返しているうちに、大柄な人はすぐ戻ってきた。大柄な人は小さな錠剤と、水の入った紙コップを手にしていた。
「さあ、飲んでみたまえ。その薬は即効性があるから」
「本当に大丈夫なんですか」
「君も若いのに疑い深いな。それはちゃんと薬局にもおいてある薬だよ。合法だから気を楽にして飲みたまえ」
 合法という言葉がかえって不安を煽ったけれど、僕はやっぱり胸が苦しかったので、心を決めた。大柄な人から薬と水を受け取り、一口で飲み干した。すると本当に、なんだか楽になったような気がした。
「あ、本当に胸の苦しさが消えました」
「なに、もう? 君は思い込みが強いな。そこまで早くは効かないはずだが。まぁ効果は早いに越したことはない」
「それで、苦しさは紛れましたけれど、僕はこれからどうしたらいいでしょう?」
「どうもこうもない。投薬を続ければ万事解決だ。君、夜は眠れるかね?」
「いえ、あまり眠れません」
 実際ここしばらくは、あの娘を思ってろくに眠れていなかった。僕は話してもいないことを見抜いた博士を、やはりすごい人なんだなと改めて尊敬した。
「それならまた別の薬も出してあげよう。えぇと君、コレとコレとコレを持ってきて」
「畏まりました」
 大柄な人はまたすぐに別の薬を持ってきた。僕は大柄な人の手から、ちゃんと包装された白い錠剤二種類とオレンジ色の錠剤一種類、三種類の薬をそれぞれ七つずつ受け取った。
「この白い錠剤は毎日眠る前に飲みたまえ。胸を安定させる薬と、よく眠れる薬だ。こっちのオレンジの錠剤は、それでも胸が苦しくなったときのためだ。一応七日分あげるけれど、こっちは強い薬だからあまり多用してはいけないよ」
「わかりました。あぁ、胸がどんどん楽になってきました」
「なに、どうということはない。念のため、一週間経ったらまた来なさい。経過を聞かせてもらおう」
「はい。今日はどうもありがとうございました」
 そして僕は軽くなった胸で軽やかに呼吸しながら家に帰った。だけど何か大切なものが、欠けているような気がしていた。

(一週間後)
 それから一週間が経って、僕は経過を報告するために再び博士のマンションを訪れた。部屋の中は相変わらず混沌としていた。僕は先週と同じように、博士と向かい合って座っていた。
「やあ、また来たね。それで、その後どうだい」
「はい、お陰様で胸の苦しさもすっかりなくなりました。呼吸も楽だし、手の震えや言葉のどもりも消えました。あの娘の前に出てもなんてことありません。ただ……」
「ただ?」
「ただ、何かとても大切なものを、なくしてしまったような気がして……」
「健康な胸と呼吸を取り戻したというのに、それ以上どんな大切なものがあるのかね?」
「わかりません。前はわかっていたような気もするんですが、今はすっかり忘れてしまいました。ただこう、何かをなくしてしまったような感覚が。まるで、胸に穴が開いてしまったみたいに……」
「ふむ、それはいけないな。不健康な精神は体にも影響を及ぼす。よし、別の薬を出してあげよう」
「あの、博士。本当に、薬でいいんでしょうか」
「もちろんだ、私を信用したまえ。元気の出る薬を出してあげよう。君、今日はコレだ」
 そういうと、博士はまた何か走り書きをして大柄な人へ渡した。書かれたものを眼にすると、大柄な人ははっきりと眉間にしわを寄せた。
「コレでよろしいのですか?」
「今の彼にはコレしかない。さあ早く持ってきたまえ」
 大柄な人は渋々といった様子で部屋を出ていった。そして戻ってくると、手にした赤い錠剤と水の入った紙コップを僕に手渡した。
「さあ特製のその薬を一度飲めば、今度こそ万事解決だ。君の胸に開いた穴を瞬く間に塞いでくれるよ」
「あの、元気の出る薬というのは大丈夫な薬なんでしょうか」
「何を言っているんだ、私の自信作だぞ。国の認可こそないが、合法なものと合法なものと合法なものとそれに色々と足しただけだから、まぁ合法と言っていい薬だ」
 僕には博士の言っていることがよくわからなかったけれど、先週出してもらった薬もしっかりと効果があったことを思い出し、信じて飲んでみることにした。赤い錠剤を水で飲み干すと、その効果は驚くほどすぐに現れた。何か頭がぼうっとしてきたかと思うと、目がチカチカしだして、瞬く間に理由もなく気分が高揚してきた。まるで体にマグマを注がれたようだった。僕はとても座っていられずに、まったく無意味に椅子から立ち上がった。
「すごい! 博士、僕元気ですよ! すごい!」
「ほう、君は本当に薬の効きやすい男だな。それで胸にあいた穴というのはどうかな?」
「穴? 穴って?」
「さっき大切なものをなくしたとかなんとか言っていたじゃないか」
「え? 何? わかんない! とにかくすごいですよ!」
「ちょっと効きすぎたかな。しかしこれでもう大丈夫だ。この錠剤をまた七つあげよう。気分が沈んだときにだけ飲むんだよ」
「はい、ありがとうございます! これで何もかもうまくいきますよ! すごい!」
「そうかそうか、完全に効きすぎたな。ほらもう帰りなさい、もう来るんじゃないよ」
「はい、もう大丈夫です! 本当にありがとうございました!」
「はは、元気でやっていきたまえ」
 そして僕は、理由なく浮かれて家路についた。それ以来二度と、僕が博士のお世話になることはなかった。しばらくはまた例の「大切なものをなくした感じ」が起きることもあったけれど、博士にもらった薬がなくなる頃には、それもなくなった。僕の胸を苦しめたあの娘のことは、すっかり忘れてしまった。僕は苦境から救ってくれた博士に心から感謝した。けれど、それでもどこか、何か違和感のようなものが、いつまでも残っていた。



「博士、彼には本当にあの対処でよかったのでしょうか」
「君まで何を言うんだ。本人が喜んでいたんだから問題ないだろう」
「それはそうですが、あれではとても解決したとは……」
「君も若いな。恋なんてものはね、ひどく儚いものなんだよ!」

おしまい

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


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「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


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