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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

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「ゼリーの見た夢」(空疎)

 一歩踏み出すとそこは、見覚えのない街だった。私はひとり、見知らぬ十字路の真ん中に立っていた。
 十字路の角に建つ店のショーウィンドウの向こうには、肉屋なのだろうか、ソーセージがいくつもぶら下がっていた。店の奥は暗く、人の気配がなかった。
 その店の前にはひとりの老人が、古めかしい椅子に座っていた。老人はつばのついた黒い帽子を被っていた。店の者ではないようだった。老人はぼうっとして、静かな通りをただ眺めていた。老人の他、辺りには誰ひとりいなかった。
「失礼、ここはどこなのでしょうか」
 私は老人に聞いた。しかし老人は何も答えず、黙ったまま私を見遣った。そして被っていた帽子を手にとり、中を見てみろ、とでもいうようにこちらへ差し出した。覗いてみる。すると、帽子以外の景色が急に溶けだして、頭の後ろへ向かって流れていった。私は慌てて顔を上げようとしたが、間に合わず、帽子の中へひゅうんと落っこちてしまった。

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 一歩踏み出すとそこは、見覚えのない街だった。私はひとり、見知らぬ十字路の真ん中に立っていた。
 十字路の角に建つ店のショーウィンドウの向こうには、肉屋なのだろうか、ソーセージがいくつもぶら下がっていた。店の奥は暗く、人の気配がなかった。
 その店の前にはひとりの老人が、古めかしい椅子に座っていた。老人はつばのついた黒い帽子を被っていた。店の者ではないようだった。老人はぼうっとして、静かな通りをただ眺めていた。老人の他、辺りには誰ひとりいなかった。
「失礼、ここはどこなのでしょうか」
 私は老人に聞いた。しかし老人は何も答えず、黙ったまま私を見遣った。そして被っていた帽子を手にとり、中を見てみろ、とでもいうようにこちらへ差し出した。覗いてみる。すると、帽子以外の景色が急に溶けだして、頭の後ろへ向かって流れていった。私は慌てて顔を上げようとしたが、間に合わず、帽子の中へひゅうんと落っこちてしまった。
 尻餅をつく、私はどこか薄暗いところにいた。見上げると、大きな眼がこちらを見ていた。老人の眼のように思えたが、定かではない。眼はすぐにひっこんだ。光が差し込み、一瞬明るくなったが、眩しさに眼を瞑っている間に、何かで蓋をされた。私の周りは真っ暗になった。
 私は自分のいる場所を調べてみた。眼を凝らしてみても、見えてくるのは暗闇ばかりだった。仕方がないので、私は手探りで辺りを探った。どの方向も、二、三歩ですぐにざらついた壁にさわった。触れた壁はどこも緩やかに湾曲していた。どうやら私は、あまり広くない円柱の中にいるようだった。
 何かないだろうかと思い、壁に手をつき円柱の中を回っていると、次第に眼が暗闇に慣れてきた。すると、うっすらと文字が浮かび上がってきた。湾曲した壁には、何か文字が書かれていた。
 私は顔を近づけて、壁の文字を読もうと試みた。しかしそこに書かれていたのは、私の知らない文字だった。その横にはまた別の、私の知らない文字が書かれていた。その横にも、その横にも、それぞれ別の、知らない文字が書かれていた。どうやら様々な言語の文字が壁中を覆っているようだった。どこかで見たようなもの、まったく知らないもの、文字は縦に横に壁を走り回っていた。
 自分にもわかるものがないかと、私は壁に鼻を寄せて円柱を回った。半周ほど見て回ると、ようやく私の母語が見つかった。そこには、こう書かれていた。

 あなたはただのゼリーです
 見える光は全部嘘
 聞える音は全部嘘
 あなたはただの
 ふるえるゼリー
 ひとりふるえる
 ただのゼリー

 読むことはできたが、意味はわからなかった。それでもそこに書かれた文字を読むと、ぼんやりと嫌な気持ちがした。
 さらに続けて見ていくと、二つ三ついくらか知識のある文字が見つかった。そのどれも、同じことが書かれているようだった。私はそれ以上文字を探すことはしないで、その場に座り込み壁にもたれかかった。円柱の底はひんやりとしていた。
 あまり先までは見えなかったが、文字は上にも続いているようだった。どこまで見えるか眼で追っていると、急に蓋が開けられた。光が差し込み、一瞬だけ全ての文字が見えて、そしてまた眼が眩んだ。
 眩しさに眼を瞑っていると、円柱は逆さまにひっくり返された。私は頭の方へと落っこちた。薄く眼を開けると、走っていく文字の列がわずかに見えた。
 尻餅をつく、私が落ちた先はいかだの上だった。いかだは水平線に囲まれた海の上に、たったひとつ浮かんでいた。いかだには私の他にもうひとり、乗客がいた。つばのついた黒い帽子の老人が、椅子に座って海を眺めていた。
「ここは、どこなのでしょうか」
 私がそう聞くと、老人はまた被っていた帽子を手にとり、私に向かって差し出した。そうはいかないぞと思い、今度は覗かない。老人は少し残念そうな顔をしたが、すぐに諦めて帽子を被りなおした。老人は私の問いに答えるつもりがないらしかった。老人はそれきり私を気にしないで、また黙って海を眺めた。
 ここがどこかわかったところで、どうということもないか、と思いなおし、私も一緒になって海を眺めた。周囲に比べられるようなものが何もないので、いかだは動いているのか止まっているのかよくわからなかった。あまり揺れることもなかった。
 老人とふたり、黙って海を眺めていると、いかだの先にぶくぶくと泡が浮かんできた。何か現れるのかと思わず身を乗り出すと、海から私の父が顔を出した。
「父さん、そんなところで何をしているのです」
 私が驚いてそう聞くと、帽子の老人が初めて口を開いた。
「そんなところとは、どんなところかな」
 老人はそう言って笑った。たしかに私には、ここがどこなのかわからなかった。ここが父のいるべき場所なのか、そうでないのか、判断がつかなかった。
 改めて、海から顔を出す父の顔を見る。父は表情のない顔でこちらを見ていた。父は口を開こうとしなかった。どうしていいかわからずに、私も黙って父の顔を見ていた。見ているうちに、だんだんと、自分が誰と向かい合っているのかわからなくなってきた。だんだんと、そこに顔を出している男が誰なのか、わからなくなっていった。どうして私は、この男を父だと思ったのだろう。
 自分が誰と顔を合わせているのかすっかりわからなくなった頃、父のように思った男は、ザブンと海に潜ってしまった。一瞬だけ男を追って飛び込みたい衝動に駆られたが、決心できずにいる間に、男の影は見えなくなってしまった。何か不安な気持ちがしたが、機を失った私は、諦めていかだに留まった。私は元の様にまた、海を眺めた。海は相も変わらず静かだった。
 そのうちに、海を眺めるのにも飽きが来た。私はいかだの上で横になり、眠った。夢現に、帽子の老人が笑うのを聞いたような気がした。
 夢を見た。私は古びた街の、広い通りを歩いていた。夏のようだった。強い陽射しが剥き出しの土を照らしつけていた。地面は舗装されていなかった。
 私は真っ直ぐに延びる通りを、目的もなく歩いていた。かつてはそれなりに栄えていたらしく、通りには様々な店が並んでいた。そのどれも、主が去って久しいようだった。宿も、レストランも、雑貨屋も、今は等しく朽ちていた。人がいる気配はどこにもなかった。酒屋のような建物から猫が一匹現われ、楽器屋のような建物に消えていった。私は無人の通りをひとり歩いていった。
 いつか長い通りは終わり、私は広場の入り口に立っていた。その広場もまた、朽ちた建物に囲まれていた。
 広場の中心には、石造りの枯れた噴水があった。そこに女がひとり、俯いて座っていた。女は真っ白な服を着て、真っ白なベールを被っていた。
 女は微かな声で、何か歌を歌っていた。それはとても綺麗な声に聞えた。しかしいくら耳を澄ませても、何を歌っているのかわからなかった。どうしてか近づけば歌が消えてしまうような気がして、私はそこから動けなかった。私は広場の入り口に立ったまま、ほんの微かに響いてくる歌を聴いていた。
 日が傾き、広場が赤く染まった頃、歌は静かに終わった。女は初めて顔を上げ、こちらを向き、赤く染まったベールの奥から、私を見た。並んだふたつの眼が、真っ直ぐに私の眼を見ていた。その眼は私を哀れんでいるように見えた。そこで、私の眼は覚めた。
 私は砂浜に倒れていた。すぐ近くには、打ち上げられたいかだが波に打たれていた。眠る間に流れ着いたようだった。例の古めかしい椅子はいかだの近くにころがっていたが、老人の姿はなかった。足跡だけが残っていた。
 後ろを振り返ると、そこには、鬱蒼とした森が広がっていた。足跡は森に続いていた。私は波音を背中に聞きながら、森へと足を踏み入れた。
 私は暗い森の中を歩いていった。森は歩くほどに深まり、森が深まるほどに歩くのは困難になった。道らしい道はなく、両手で枝を払い、足で草をかき分けながら私は進んだ。息をするだけで、濃い緑の匂いが喉に張り付くようだった。
 私が立てる音の他は、何も聞こえてこなかった。鳥の声もしなければ、動物がうごめく気配もなかった。森は不思議と静かだった。
 気がつかないうちに、足から血が流れていた。私は無闇に入りこんだことを後悔した。引き返そうにも、私はとうに方角を見失っていた。いつの間にか足跡は見分けがつかなくなっていた。もう波音は聞こえなくなっていた。次第に私の息は乱れてきた。私の耳には自分の呼吸の音だけが響いた。
 いい加減嫌になった頃、木々の間からふと、岩壁が現れた。岩壁にはぽっかりと、洞窟が口を開けていた。洞窟の奥には、夜のような暗闇があった。私は呼ばれるような思いがして、洞窟へ入っていった。
 壁に左手をつき、右手を前に伸ばして、私はゆっくりと進んだ。少し行くとすぐに、光は届かなくなった。洞窟の壁はうっすらと濡れていた。地面も濡れていた。一歩踏み出すたびに、小さな水音が響いた。私は何も見えない中を、一歩一歩確かめるように進んでいった。
 唐突に右手が壁にぶつかった。洞窟は、そこで終わっていた。洞窟の終わりには、何もなかった。うっすらと濡れた壁があるばかりだった。私はそこで腰を下ろして、濡れた壁に背中を預けた。もう戻ろうとも思えなかった。少しだけ眠たかった。
 ふっと、辺りが明るくなった。私は顔を上げた。そこにはあの老人が、小さな火を手に立っていた。
 小さな火は、包むようにした老人の手の中で、静かに燃えていた。ただ燃えていた。洞窟の濡れた壁がきらきらと輝いていた。老人は手の中の小さな火をじっと見つめていた。俯いた顔がうっすらと照らされていた。
「……まだ、夢の中」
 小さな火を見つめたまま、老人は呟いた。そして、ゆっくりと顔を上げた。眼が、あった。老人の眼は、赤く照らされていた。小さな火が、眼の中で揺れていた。私は老人の眼を見つめた。眼に映る小さな火を見つめた。眼の中の小さな火が、ぐにゃりと歪んだ。
 歪みは、私の視界を広がっていった。小さな火が歪み、老人の眼が歪み、頭が歪み、全身が歪み、きらめく洞窟の壁が歪み、全てひとつに溶け合って、そして、私の視界は閉じられた。
 気がつくと、私はゼリーだった。ただのゼリーが、皿の上でひとりふるえていた。私の頭上には、スプーンを手に持った子どもがいた。スプーンはゆっくりと、私に向かってのびてくる。はたして、これは。夢は、醒めたのだろうか。

おわり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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姉妹は仲の悪いまま年老いて
 町は背を伸ばし肥え太る
幾度かの通夜と性交を経て
 雪は降らなくなった
生まれた家は駅に食われたが
 風は相変わらず強く吹いている
姉妹は仲の悪いまま年老いたが
 市長に品が無い
 という意見だけは一致している


「姉妹は」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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