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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

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「ある船大工の話」(空疎)

テーマ:石の船



 その男は、かつて優秀な船大工であった。それは優秀な船大工であった。男の住む国の王が、直々に男を指名して船を作らせるほどであった。男の作った船は常に美しく、実に機能的であった。男の作った船が沈むことは決してなかった。波に飲まれることなどありえなかった。男の作った船はどんなときも揚々と海を進んだ。

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 その男は、かつて優秀な船大工であった。それは優秀な船大工であった。男の住む国の王が、直々に男を指名して船を作らせるほどであった。男の作った船は常に美しく、実に機能的であった。男の作った船が沈むことは決してなかった。波に飲まれることなどありえなかった。男の作った船はどんなときも揚々と海を進んだ。
 それまで絶えず仕事に打ち込んできた男に妻子はなく、後継ぎもいなかった。男の工房は、男の代で終わることが決まっていた。何人かいた弟子は皆辞めさせた。弟子達は皆、男の下で独立できるだけの腕を身に付けていた。
 男はもうひどく年老いていた。男には、もうかつてのように優れた船を作ることはできなかった。男は身を引くべきときが来たことを感じていた。
 男は船を作るばかりで、自分で海に出たことがなかった。だから男は、海からの景色を見てみたいと思った。男はもうこれで最後にするつもりだった。男にはもう、優れた船を作ることはできなかった。
 ある春の初めに、男は石の塊を買った。そしてただ一人で船を作り始めた。それは男が今までに何度となく繰り返してきた、木製の船を作るのとは勝手が違っていた。しかし男は根気よく仕事に取り組んだ。
 そうして数ヶ月が過ぎた頃、石の塊は小さいながらも立派な船の形を成すようになっていた。季節は夏になっていた。男は出来上がった石の船を荷車に載せて、浜辺に運んだ。
 男は出来上がった石の船と共に、自分の最後の作品と共に、海に沈むつもりだった。船の作れない自分に価値はないと考えていた。男は荷車を押しながら、自分の今までの仕事を思い返していた。それは概ね満足のいくものであった。我ながら、よくやった。男は自分の仕事に誇りを持っていた。だからこそ、最後は自分の作品と共に世を去りたいと思っていた。
 夏の海は、日差しを受けて煌めいていた。浜辺にひと気はなかった。男は波打ち際まで石の船を運び、そして荷車から降ろした。南風が男の白くなった髪を揺らせた。男の胸は静かだった。思い残すことは何もなかった。
 男は石の船を押して、波打ち際を進んだ。石の船はひどく重かった。波が幾度となく石の船を打った。男は石の船を押した。しかし石の船は、砂地の上を滑るばかりで、一向に浮かび上がらなかった。水深が増していくと、石の船の中に海水が溜まり始めた。そしていつか、石の船はまだ浅い水底に沈み、全く動かなくなった。その頃には男の腰までが海水に浸かっていた。
 男は波の真ん中に立ち、水底に沈む石の船を見つめた。しばらくの間、じっと見つめていた。男の胸は、それでも静かだった。しかしそれは、冷たい静けさであった。
 男には先のことが考えられなかった。これからどうして生きていけばいいかわからなかった。男は既に優れた船を作る腕を失っていた。男には船を作る腕の他、財産と呼べるものは何もなかった。それだけが男の誇りであり、生きていく意味であった。しかしそれは既に失われてしまっていた。
 夏の海は美しく煌めいていた。南風が吹いて、男の白くなった髪を揺らせた。それは爽やかな風だった。石の船は男を置き去りにして沈んでしまった。男の意志は波間に消えた。男には沈んだ石の船を見つめることしかできなかった。男はいつまでも、沈んだ石の船の隣で、一人そっと佇んでいた。


おわり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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