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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「行灯語り」(小石薫)

テーマ:足音



 通された部屋は、四畳半ほどの広さで、隅に置かれた行灯の頼りない光に揺れていた。男は自分を案内してくれた下女が下がると、膝を折って座り、奥の間に続くらしい正面の襖を見つめ、この屋敷の主人を待った。行灯の火が揺れるたび、男の影が妖しく踊った。

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 通された部屋は、四畳半ほどの広さで、隅に置かれた行灯の頼りない光に揺れていた。男は自分を案内してくれた下女が下がると、膝を折って座り、奥の間に続くらしい正面の襖を見つめ、この屋敷の主人を待った。行灯の火が揺れるたび、男の影が妖しく踊った。
 どれぐらいそうしていたか。晩冬の寒気が身に染み始めた頃、襖が開き、髪を後ろに結った女が現れた。静かに一歩進み出る。行灯のおぼろげな明かりに照らされ、土気色の醜い風貌が浮かび上がった。男はもう見慣れたが、そうでない者にとっては、対面する事も堪え難い程であろう。巷の評判に違わぬ醜女である。女は、襖を閉じそのままその場所に座った。それから、指をついて深く頭を下げた。
「長くお待たせ致しました。何卒お許し下さいませ」
男は、冷えた身体の分、憎まれ口を聞いてやろうと思ったが、はたと思いとどまった。奇妙なことに、この女が部屋に来てから、男は寒さを感じていない。
「こちらこそ、突然訪ねて済まなかった」
男はひとまず、穏やかな言葉を返した。女は済まなそうな顔をあげ、続けた。
「本来ならば、妹がお相手差し上げるところなのですが、生憎の事で私などが」
「それも構わぬ」
男は、今度は反射的に言葉を返した。当の本人が、自らの醜さを確かに認識していることには、いつもいたたまれなくなる。
「しかし、 妹君はどうしているのだ」
この屋敷の主人である姉妹は、姉は二目と見れぬ醜女と囁かれ、妹は花も敵わぬ美貌の持ち主と讃えられている。男は、その妹にも会いたいと思っている。
「妹は、これからの仕度で忙しゅうございます。私の方は一足早く仕度が済みますもので、こうしてお相手させていただけているのです」
男は、姉の話を聞いて、今の季節を思い出した。そして、その事に気がつかなかったことを、内心恥ずかしく思った。
「そうだった。すまぬことを訊いた。姉君にはお疲れだろう。妹君にも力を出して貰わねばな」
姉は、どこか寂しげに微笑んで、コクンとうなずいた。
「はい。みな、楽しみにしておりますから、妹も張り切っております。じきに整いましょう」
男もうなずき、それから、はたと困り顔になる。
「ならば待たせて貰いたいが、何もないのは少々退屈だ。姉君よ、何か最近、面白い話など聞きはしなかったか」
姉も、つられたように思案顔になる。
「面白い話というものは、聞く事はございませんでしたが、私の身に起きた事のお話でもしよろしければ、お待ちになる間のなぐさみとしてお聞かせ致しましょう」
男は、体をやや乗り出して、姉の話への興味を示した。
「ふむ。何かあったのか」
「ソレは、少し前に、しばらくの間続いた出来事でございます」
男の視線を受け、姉は顔を隠すようにうつむいて語り始めた。
「足音が、聞こえてくるのです」
「足音」
「えぇ、足音。小さな子どものような、逞しい男性のような、それでいて、慈悲深い母のような。その感じられ方は、毎度毎度、違っているのでございます」
姉が極端にうつむいて話すので、声はくぐもって男の耳に届く。男は落ち着かず、身じろぎをした。
「時にはからかうように近づいたり遠ざかったりし、時には突然すぐ近くまで迫ってくる事もあり、私はその足音のために、ひねもす心安らかではおられなかったくらいでございました」
「一日中聞こえていたのか」
男は最初、夜中か、でなければ明け方の夢うつつの中で聞いたのだろうと思っていた。日中にまで聞こえていたというのは、思いもかけない事であった。
「はい。はっきりと聞こえておりました。水を汲む時も、食事を拵える時も、妹との話に花が咲いている時でさえ、遠くに聞こえておりました。そして」
「そして」
「夜、床に入る時には、一入その音が高くなるのでございます」
「眠られぬか」
心配そうな男の声に、姉は首を振って応えた。
「足音を聞くうちに、いつのまにか寝入ってしまうのが常でございました。ただ、その時は決まって、寂しい夢をみておりました。どのような夢であったか、確かに思い出す事はできませんが、朝になり目を覚ますと、たいへんに寂しい思いが胸を突くのです。私ひとりが、一切から取り残されるような」
男が不思議そうな顔で黙っているのを受けて、姉は続ける。
「時々は、声も聞こえておりました。出たい、出たい、と」
「それはまた」
男の困惑が深くなるのを感じながら、姉は語り続ける。
「ここは暗いと言うのです。それに狭いと。出たい、出たい、と、懸命な声で訴えてくるのです。次第に、まるで私の身体を突き抜けようとばかりに強くなります。出たい、出たい、出せ出せダセダセ!私は、足音と声のために、本当に、心休まる時がございませんでした」
男は、姉の語るのを聞くうちに、随分と長い時間が過ぎている事に気がついた。部屋は、寒さを感じないどころか、幾分の暖かさを含み始めていた。
「随分、暖かくなって参りました。妹の仕度が整ったのでございましょう」
姉もそれに気づいてか、語るのをやめた。それから、おかしそうに
「それではあなた様に、私を落ち着かなくさせたものの正体をご覧に入れましょう」
言うや否や、男の入ってきた側の襖が勢いよく開き、うららかな陽光が部屋を照らしだした。行灯は、差し込んだ光に吹かれるように消えた。
「これは」
男はニヤリとして後ろを振り向いた。果たしてそこには、姉と同じ髪をした、花も敵わぬ美しい妹が微笑んで立っていた。その後ろでは、いっぱいに花をつけた桜が、誇らしげに枝を張っている。大地から芽を出した土筆や蕗のとうも、華やぎを添える。
「姉上、今年も仕度が整いました」
「サクヤ、よく頑張りましたね。みな喜ぶでしょう」
嬉しそうに笑う妹に、姉は優しく声をかけた。男が姉を振り返ると、暖かな陽に照らされた姉の顔が見えた。男は、もはや姉を醜いと思わなかった。代わりに、美しさとは何かという事を、頭の端で考え始めていた。
「姉君よ、そなたの心を浮き立たせていたのは」
「はい、それは」
そして姉妹は声を重ね、朗らかに答えた。
「春でございます!」

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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