忍者ブログ

文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「腕」(I)

テーマ:落し物



 ミロのヴィーナスは、ダッチワイフとレストランで食事したがらない。

-------------------------------------------------------------------------------------

 ミロのヴィーナスは、ダッチワイフとレストランで食事したがらない。
 ダッチワイフがパンにバターを塗るとき、それから給仕にチップを渡すとき、熟れて落ちた海底の両腕を思い出すからだ。ダッチワイフが息を吐くたびに、石鹸の匂いがするのも気にくわない。ヴィーナスの腋からは埃の臭いがする。

「わたし、
 ときどきおとこのひとにらんぼうされるのよ」

 しかし、そのおとこたちの吐息が露となり、ダッチワイフの血管を流れ、ビニールの心臓を動かしていることをヴィーナスは知っている。

「腕が落ちて
 あなたは便利な身になった」

 と、その昔、ヴィーナスの母たる人はヴィーナスにそう諭したが、ヴィーナスはいまだにその言葉の真意を掴みかねている。
 ダッチワイフはオレンジを剥き、むちむちした指でそれをヴィーナスの口へと運ぶ。
 ねばねばした口の中が騒がしい果汁で満たされ、ヴィーナスの思考は断ち切られる。


 厨房では、コックが肉切り包丁を握り締めたまま頬を赤らめている。
 昨日、社員寮の押入れでダッチワイフを抱き終えたあと、二人でベランダに出て夜空を見ていたら、急に詩を書きたくなって、新米の頃、牛や豚をバラバラにする手順をメモした大学ノートを、久しぶりに押入れから引っ張り出してみたのだ。


   星と星とを結んでいけば
   宇宙を解体できるかも
   しれないぜ


「んんん」

 どうしてそんなつまらないことをしてしまったんだろう。
 ダッチワイフはうっとりとした目で、ノートを覗き込みながら、

「まるで詩みたいね」

 なんて言いやがった。

「だけど、宇宙って、筋ばっかりでおいしくなさそうね」

 とも言った。
 コックは、地団駄を踏むと、客に出すはずだったローストビーフを牛の血がこびりついた爪でつまみあげ、煙草臭い口の中に放り込んだ。


 厨房の隅で墓石のようにふてくされている生簀の底に、ヴィーナスの腕が落ちている。
 今日も誰にも気づかれなかった。
 据わった目をした蛸が寄ってきた。あの晩、同じ網にさらわれた中年の蛸だ。

「お前、イカに似てるな」

 蛸はそれだけ言ってごろりと横になった。
 腕は恥ずかしそうに身をよじる。こんな世の中間違っている。そんなことを叫びたい気分だった。口がないことも忘れているのだ。
 蛸は天井を見ながら、海に残してきた女房の浮気を心配している。

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

当サイトについて

文芸サークル「鉄人四迷」の作品を公開しています。
小説・詩・脚本を中心に、月ごとのテーマ読み物など随時更新中。
それぞれ違うタイプの作家たちによる、バラエティ豊かな作品をお楽しみください。(作者紹介はこちら。
ご意見・ご感想お待ちしております! コメント欄もしくはメールフォームよりお送りください。

なお、当サイトで公開している各作品の著作権はすべて作者に帰属します。
掲載された文章の無断転用を禁じます。

作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


---------------------------

六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

---------------------------

小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


---------------------------

金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

お問い合わせメールフォーム

カレンダー

08 2018/09 10
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

リンクについて

リンクはご自由にお貼りください。
連絡は必須ではありませんが、いただけたら喜びます。
必要であれば下記のバナーをご利用ください。





サイト名 :
文芸サークル「鉄人四迷」のページ
URL :
http://4mei.blog.shinobi.jp/

ブログ内検索

P R

Copyright © 文芸サークル「鉄人四迷」のページ : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]