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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「老人と赤い椅子」(金魚風船)

テーマ:壊れた椅子



 昔、ある小さな町の借家に一人の老人が住んでいました。

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 昔、ある小さな町の借家に一人の老人が住んでいました。家はもう何十年も雨や風に曝され、さびれて今では小鳥とイタチやキツネ以外は誰も近づこうとしません。
部屋の中を覗くと一人の老人が椅子に座っていました。椅子は木製の赤い皮が張られており、かつての気品に満ち溢れていた時を示すかのようです。しかし、今は木の色はグッと濃くなり、皮は所々、黒いシミが見え、脚にはもう誰も住んでいないクモの巣が張り巡らされていました。
老人は昔のことを思い出していました。様々な国に旅をして、そこで集めた興奮と不思議さで満ち溢れた話の数々。二度と会うことはないと分かりながらも、「また会おう!」と手を振って別れた人々。そして、その中でたった一人、手を離さなかったあの人のことを。
それは輝きに満ち溢れていたものでした。   
「でも……」
この小さな部屋にいるのは老人と赤い椅子の二つだけです。
老人は椅子のことを思い出しました。
それは老人がまだ若かった頃、ある南の島でのことでした。

島に着いた老人は昼下がり、話の種を探すために骨董品店に入りました。骨董品という言葉にはいつでもイワクツキというものが付きまとうものです。
店に入ると老人は店主に訊ねました。
「この島に面白い話はありませんか」
すると、灰色のセーターに丸眼鏡をかけた今の老人と同じくらいの年をした店主はこう言いました。
「残念ながら、この島には取り立てて面白い話はございません。その代わり、ここにはたくさんの人の暮らしが染みついたものたちが揃っております」
老人はつまらなさそうに頷くと、店をぐるりと見渡し帰ろうと思いました。
すると、店の片隅に艶のかかった白い木に真っ赤な皮でほどこされた椅子がありました。
あれも売り物かと老人が尋ねると店主は
「はい、あれも売り物でございます。しかし、立派だと思って仕入れたものはいいものの、なかなか売れずに場所ばかりとる始末です。なんせほら、ウチは骨董品店ですから」と答えて残念そうな顔をしました。
その椅子を一目で気にいった老人は持ち金を全てはたいて椅子を手にすると大切そうに抱え店から出て行きました。
そこから老人はいつも椅子と一緒でした。椅子と共にたくさんの場所を旅しました。それと同じ数だけの思い出を詰め込んで。
人々はその姿に驚きと興味で老人と接しました。だって、道の真ん中で男が中世を思わせる豪華な椅子に座って昼寝しているんですもの!
老人の周りにはいつも人で賑わっていました。そして、最初に発する言葉はいつも同じです。妻と出会った時も同じでした。
「どうして、いつも椅子と一緒にいるの」
老人も決まって同じ言葉を返しました。
「それが俺にとって一番自然なことだからだよ」

老人はゆっくりと目を開けました。相変わらず部屋には老人と椅子しかありません。
老人は下に目を向けると静かに椅子に言いました。
「俺はお前と数えきれないほどのものを見てきた。それは本当に刺激的なものだった。たくさんの人たちが俺たちに集まり、俺たちの出会いを訊ねた。そりゃ、皆が皆良い顔をした訳ではないけどさ、それでもそんな俺たちを愛してくれて、おまけにその間に子供まで授かっちゃ出来すぎってもんだろ。三番目の子なんて、えらくお前を気にいっちまってよ、ある朝いないと思って血眼になって探したら、お前にすっぽり収まり寝てやがってさ。思わず、笑っちまったもんだよ」   

落ち葉が風に飛ばされる音がした。

「でも、もう誰もいない。皆、俺を残してどっかに去ってしまったんだ。向かいの家の子供が俺のことなんて言ってると思う。『きちがい』だとさ。数十年前じゃ考えられないことだよ。俺はいつもここにいるのに。俺は何にも変わっちゃいないのに。なぁ、お前は分かってくれるだろ」
 その時、ポキッと音がして、椅子の前の右脚が折れました。老人は体を投げ出され、一回転してそのまま仰向けに倒れました。
「そうか、お前も結局そうだったんだな」
老人は皮肉そうに笑うと、そのまま目を瞑りました。
三日後、老人は家賃の滞納を訴える為に訪れた大家によって発見されました。老人の家には小さな町の大部分の人が集まり、三本の脚で倒れている椅子と乾いた涙の痕に薄笑いを浮かべながら死んでいる老人を見比べ口々にこう言いました。
「少し変わった人だったけど、きっと幸せな人生だったのでしょうね」

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
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 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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