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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「星を喰らう魚」(空疎)

テーマ:空の魚



 満月の綺麗な夜に、私は海まで釣りに来た。

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 満月の綺麗な夜に、私は海まで釣りに来た。
 私は釣り針に餌をつけて、早速釣り竿を振るった。すると釣り針は夜空へ向かって一直線に飛んでいった。釣り針の行く先を見上げてみると、そこには一匹の魚がいた。大きな魚が夜空を泳いでいた。見かけはアジか何かのようだったが、サイズは大きなクジラほどもあった。私は、アイツを釣り上げねばならないのだなと思った。
「アイツはここらの主ですよ」
 声がしたので足元を見ると、そこには小さなヤドカリが一匹いた。どうやらこのヤドカリが声を発したようだった。
「アイツをほうっておくと、やがて今よりも大きくなり、いつか月をも飲み込みます。するとこの地球も只事ではすみません。小さな星々は既にアイツの胃袋におさまりました。これは地球の危機なのです。なんとかヤツを釣り上げて、天ぷらか何かにしてやってください」
 なるほど、私の腕に大変な運命がかかってしまった。細かな星が夜空に見えないのは、どうやら月が明るいからというばかりではないらしい。取り返しのつかない事態になる前に、私はアイツを釣り上げねばならない。
 私は釣りの腕には少々自信があった。私は釣り竿を巧みに操り、餌のついた釣り針を大魚の鼻先に揺らして見せた。しかし大魚は夜空を悠々と泳ぐばかりで、少しも興味を示さなかった。私はむきになって釣り針を揺らしたが、結果は同じことだった。
「ときに釣り人の御仁、餌は何を使っておいでか」
「足の多いなんとかいう虫だが」
「失礼、あれは星を喰らう魚。足の多いなんとかいう虫など食すと御思いか。餌には星をお使いなさい」
 そういうものだろうか。そう言われてみれば、月を食わんとする魚が虫などという卑小な餌を食べるとも思われない。私は餌を変えてみることにした。
 私は改めて夜空を見上げた。綺麗な満月が浮かんでいた。しかしアレを餌にしたのでは、例えヤツを釣り上げても本末転倒、意味がない。もう少し小さな星を探してみた。
 ヤドカリの言う通り、小さな星々はあらかた姿を消していた。輝きの強い星だけがいくつか残っていた。私は中でも特に強く輝く、西の空の星に手を伸ばした。簡単に手が届いた。私は輝く星を掴みとり(思ったよりも熱かった)、釣り針に取り付けた。そして釣り竿を一振りして、釣り針を空に飛ばした。
 それはさながら、地上から流星が飛ぶようであった。私は再び釣り竿を軽妙に操り、釣り針の先につけた輝く星を夜空の上で縦横無尽に動かした。これはさすがに食欲をそそるだろう、しかし大魚は微塵も興味を示さずに、そこらの動かぬ星の匂いを嗅いだりなんかしていた。
「釣り人の御仁、星とは本来そう速くは動かぬもの。北極星を中心に、ゆっくりと回転するが星の動きというもの。アレでは魚も疑って口をつけようとは致しませぬ」
 言われてみればヤドカリの言う通り、私は無駄に腕前を披露しようとした自分を恥じた。そこで私は考えを改めて、北極星を中心にしてゆっくりと餌の星を回転させた。それは実にじれったい作業だった。そしてそのうえ大魚は私の星に興味を示さず、夜空を悠々と泳ぐばかりだった。
「うむ、どうやらあの魚、並の星はもう食べ飽きているのやもしれませんね」
「ではどうしろと言うのだ」
「並でない星を用意するしかありますまい」
「並でない星とはなんだ」
「並でない星は並でない星にございます」
 私は夜空を見渡した。そこには疎らに並の星が輝いているばかりだった。いや、あった。ひとつ、あった。夜空には並でない星がひとつ浮かんでいた。
「あぁ、お待ちください釣り人の御仁、何をするのです」
「まあ見ていろ。見事ヤツを釣り上げてご覧にいれよう。今宵は天ぷらだ」
 私は、満月に手を伸ばした。満月は手にずっしりと重かった(そしてひどく冷たかった)。私は釣り針に満月を取り付けた。釣り竿は初めてしなりを見せた。私は力を込めて、釣り竿を振るった。
「あぁ、月が!」
 ヤドカリの悲壮な声と共に、満月は飛んでいった。黄色く丸い輝く球体が夜空を駆け抜けていった。それは荘厳な眺めですらあった。私は釣り竿を操り、夜空に満月を揺らした。すると、ついに大魚が反応を示した。
 大魚はゆっくりと夜空を泳ぎ満月に近寄ってくると、くんくんと匂いを嗅ぎだした。私はここぞとばかりに大魚の眼前で満月を揺らせた。するととうとう、大魚がぱくっと満月に喰らい付いた。
「今だ!」
 私は必死にリールを巻いた。しかし大魚もただでは釣り上げられなかった。ヤツも必死の抵抗を見せた。大魚は尾びれをばたつかせ、夜空を暴れまわった。私も負けてはいられない。しなる釣り竿を引きながら、力を込めてリールを巻いた。しかし大魚は私よりも一枚上手だった。大魚は釣り針から満月を掠め取り、見事私の手から逃れていった。
 私はリールを巻き切り、先に何もない釣り針を手元に戻した。私は呆然と夜の浜辺に立ち尽くした。釣り逃した。月をも餌にしたというのに、釣り逃した。私の胸は虚無感でいっぱいだった。
「あぁ、なんということだ。月を食われてしまった。その上ヤツを釣り逃してしまうとは。釣り人の御仁、一体どうしてくれるのです」
「……まあ、待て。小さきヤドカリよ」
 虚無感で満たされた私の胸に、ひとつ閃光が走った。閃くひとつのアイディアがあった。私は釣り針を、足元の砂浜に埋めた。
「御仁、何をしているのです」
「大魚よ、貴様が本当に食いたいのはこれであろう」
「まさか」
「そのまさかよ」
「お待ちください、それでは正しく本末転倒、釣り上げたところで」
「さあ、喰らい付け!」
「ちょ、待っ」
 私は渾身の力を込めて、釣り竿を振るった。私の足元から夜空に向かって、青く美しい球体が飛んでいった。それはさながら空に飛び立つオーロラであった。私は自分の所業ながら、その美しさに眼を奪われた。
 大魚は私の餌に飛びついた。今度こそ、逃がさない。私は自分の全てを賭けて、釣り竿を操りリールを巻いた。大魚よ、今度こそ逃がしはしないぞ。釣り竿を引きリールを巻く私の脳裏に走馬灯が駆け巡った。私の頭の中では過去・現在・未来が渾然一体となった。私は真に自分の全てを賭けていた。全身全霊を込めてリールを巻いた。大魚も必死の抵抗を見せた。しかし今度ばかりは、私の腕が上を行った。私はとうとうリールを巻ききり、タモ網で大魚を掬った。
 大魚は網の中でバタバタと暴れた。しかし釣り上げてしまえばこちらのもの。私は勝利に酔いしれながら、ふと周りを見渡した。しかしそこには、何もなかった。ヤドカリは地球と共に飛んでいってしまった。踏みしめるべき大地すら失われていた。私は暗闇の中にただひとりだった。
 さて、さて。釣り上げたコイツを、どうやって天ぷらにしようか?

おわり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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