忍者ブログ

文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「恋が降ってくる」(空疎)

テーマ:落し物



 この辺りで一番高いビルディングの屋上で、僕は傘を拾った。それは赤い綺麗な傘だった。傘は屋上の端っこに、ぽつんと立てかけられていた。

-------------------------------------------------------------------------------------

 この辺りで一番高いビルディングの屋上で、僕は傘を拾った。それは赤い綺麗な傘だった。傘は屋上の端っこに、ぽつんと立てかけられていた。

 どうしてこんなところに、傘が忘れられているのだろう。今日の空は気持ちよく晴れ渡っていた。昨日の空も、一昨日の空も、同じくらい気持ちよく晴れ渡っていた。最近雨が降った覚えはない。曇り空さえしばらく見かけていない。この傘は、いつからここにあるのだろう。だけど僕が拾った傘は、まったく綺麗な赤色で、古びた様子は微塵もなかった。
 僕は気持ちよく晴れた空に向かって、拾った傘を広げてみた。それは花が咲くように、ぱっと見事に広がった。僕は拾った赤い綺麗な傘をさして、誰もいないビルディングの屋上を、ふらりと一周歩いてみた。なんとなく澄んだ気持ちがした。
どんな人が、この傘をさしていたのだろう。僕は傘を広げたまま、屋上の端っこまで歩き、金網のフェンスにもたれかかった。僕はそこに広がる景色を見渡した。陽射しを受けて輝く家々の屋根、木々の生い茂る緑の公園、僕のいるこのビルディングよりも少し背の低いビルディングがいくつか。この辺りで一番高いビルディングの屋上からは、僕の住む街が一望できた。
この傘の持ち主は、この傘を捜しているだろうか。こんなに綺麗な傘だから、きっと捜しているに違いない。この傘の持ち主は、この景色のどこかにいるのだろうか。そんなことを考えているうちに、どうしてだろう、不意に気が上を向いた。僕は空を見上げた。
空は本当によく晴れていた。僕の頭上には、雲ひとつない、真っ青な空が広がっていた。それは僕の澄んだ気持ちと、どこかシンクロする眺めだった。僕は澄んだ気持ちのまま、じっと青い空を見つめた。
じっと見つめているうちに、青い空にひとつ、ほんの小さな影が現れた。なんだろうと思い目を凝らしていると、影はひとつ、またひとつと、だんだん数を増やしながら、その姿を大きくしていった。どうやらそれは、ゆっくりと空から降ってきているようだった。その小さな影は、様々な色をしていた。赤色、橙色、黄色、緑色、青色、藍色、紫色、七色の何かが空から降ってきていた。
それは、傘だった。開かれた傘だった。空から開かれた七色の傘が降ってきていた。僕はぽかんと口を開けて、空から降る傘を見つめた。夢でも見ているのだろうか。だけど僕の澄んだ気持ちは、空から傘が降る不可思議を、妙に静かに受け入れていた。僕はぽかんと口を開けて、空から降る七色の傘を見つめた。
傘が降ってくる、傘が降ってくる。七色の傘が降ってくる。気がつけば七色の傘は、空一面に広がっていた。七色の傘が空を覆っていた。僕はその様を、実にシンプルな感覚で、綺麗だなと思いながら見つめていた。それは本当に見事な光景だった。七色は空を染め上げて、さらには僕の胸の内まで染み込んだ。僕は自分の外側から内側から、溢れるような七色を感じていた。僕はじっと降ってくる傘を見つめた。
そして僕は、降ってくる傘の中に、ひとつの人影を認めた。人影はほんの小さく、次第に大きく、傘につかまって、ゆっくりと降ってきた。僕は目を細めて、降ってくる人影を見つめた。開かれた赤い傘につかまって、ひとりの貴婦人が、空から降ってきた。
無数の傘に囲まれながら、貴婦人はゆっくりとゆっくりと空を降りてきた。貴婦人は口元に淡い微笑みを湛えて、どこか遠くを見つめていた。ずっと遠くを見つめていた。僕はそんな貴婦人の姿を、ビルディングの屋上から、じっと見つめていた。
貴婦人は実に優雅に降ってきた。白い手袋をはめた手で、綺麗な赤い傘につかまって、長いスカートを揺らしながら、実に優雅に降ってきた。僕はその姿にすっかり見惚れてしまった。僕の胸の内の七色は、貴婦人を見つめていると、より一層その鮮やかさを増すようだった。僕は胸の七色が血流に乗って、全身を巡るのを感じていた。
不意に空を降りてくる貴婦人が、ビルディングの屋上に立つ僕の方を向いた。僕と貴婦人の目があった。貴婦人は、とても優しい目をしていた。優しい目をして、僕を見ていた。僕の目も優しくなるのがわかった。僕はとても澄んだ、穏やかな気持ちがしていた。貴婦人はその口元に、淡い微笑みを湛えていた。僕もつられて、微笑み返した。僕達は、七色の傘が降る中で、互いに微笑みあっていた。七色の血流が体を巡っていた。その瞬間、世界は満たされていた。一分の隙もなく満たされていた。世界は美しく輝いていた。僕は、世界があんまり眩しくて、澄んだ穏やかな気持ちの中、ふっと目を閉じた。目蓋の裏には、七色の光が浮かんでいた。
そして、しばらくしてから僕は、ゆっくりと目を開けた。目を開くと、空から降る七色の傘は消えていた。貴婦人の姿も消えていた。僕の頭上にはただ真っ青の空だけが広がっていた。僕がひとり呆然としていると、次第に街の喧騒が聞こえてきた。まるで初めから今まで、何事もなかったかのようだった。
気が付くと、僕の手の中にあった赤い綺麗な傘も消えていた。夢でも見ていたのだろうか。いや、夢じゃない。決して夢なんかじゃない。僕には確信があった。なぜなら僕の体には、まだ七色の血流が流れていたから。
僕はもう一度、空を見上げた。空はただただ青かった。だけど、空のどこかで、あの貴婦人が微笑んでいるような気がした。そして僕は、自分の内に七色の血流を感じながら、屋上を後にした。

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

当サイトについて

文芸サークル「鉄人四迷」の作品を公開しています。
小説・詩・脚本を中心に、月ごとのテーマ読み物など随時更新中。
それぞれ違うタイプの作家たちによる、バラエティ豊かな作品をお楽しみください。(作者紹介はこちら。
ご意見・ご感想お待ちしております! コメント欄もしくはメールフォームよりお送りください。

なお、当サイトで公開している各作品の著作権はすべて作者に帰属します。
掲載された文章の無断転用を禁じます。

作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


---------------------------

六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

---------------------------

小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


---------------------------

金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

お問い合わせメールフォーム

カレンダー

08 2018/09 10
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

リンクについて

リンクはご自由にお貼りください。
連絡は必須ではありませんが、いただけたら喜びます。
必要であれば下記のバナーをご利用ください。





サイト名 :
文芸サークル「鉄人四迷」のページ
URL :
http://4mei.blog.shinobi.jp/

ブログ内検索

P R

Copyright © 文芸サークル「鉄人四迷」のページ : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]