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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

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「嫌な雨」(I)

テーマ:雲の女



 その日も朝から雨が降っていた。ちきちきちき、と雨粒が屋根をかじる嫌な音がしていた。もう一週間も降り続いているので、町の誰もがいらいらを募らせていた。

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 その日も朝から雨が降っていた。ちきちきちき、と雨粒が屋根をかじる嫌な音がしていた。もう一週間も降り続いているので、町の誰もがいらいらを募らせていた。

 昼飯を食べたあと、つまらないことで家族と言い争いになった。我慢できなくなり、家を飛び出した。
 頭に血がのぼっていて、傘を忘れてきてしまったことに気づいた。すぐに後悔したが、そのために戻るのも間抜けだったので、喫茶店で雨宿りがてら時間を潰して帰ろうと思った。しかし、嫌な雨が薄い膜のように町を覆っていて、歩きなれているはずの道もぼんやりしていた。ふらふら歩いているうちに、いつの間にか知らない場所に出てしまっていた。

 枯れた茂みが塀のようにずっと並んでいて、その遥か向こうに寺のような建物の影が見えた。こんな近所に寺なんてあっただろうか、と思ったが、ここが近所かどうかもわからないことを思い出した。寺は人気がなかったが、雨宿りする場所くらいはあるだろうと思った。茂みをかき分けると、やたら広い池があって、その縁に亀が何匹も重なっていた。
 雨は相変わらず嫌な音で降っていた。
 できたばかりの水たまりを踏みながら、池の縁を歩いていると、寺の影がある辺りから、低い鐘の音が聞こえた。人の気配のない寺だったのでとても驚いた。音がする先を見ると、池の上を女が歩いていた。事務服を着た、背の高い女で、周りの景色は雨でぼんやりしているのに、女の姿だけはくっきりしていた。女の顔は灰色の雲のようなものに覆われていて、どんな顔をしているかまではわからなかった。雲の隙間のあちこちから、艶のある黒い髪が垂れていた。
 鐘の音がもう一度響いた。さっきよりも近くで聞こえた。途端に、足元の亀たちがざわつきはじめた。雨粒が弾ける池の上を、小さな波が滑ってきた。女がこちらに近づいているらしかった。亀たちが血相を変えて、一斉に池に飛び込んだ。
 その異様な光景に足がすくみ、そこから動けなくなってしまった。しかし、取り残されるのも嫌だったので、逃げ遅れた亀の一匹をとっさに捕まえた。亀はしばらく手の中でじたばたしていたが、すぐにおとなしくなった。池を見ると、波は次第に厚くなり、とうとう女のつま先が視界の端に染み込んできた。鐘の音がすぐ傍で聞こえた。
 恐る恐る顔を上げると、女がこちらを見つめているような気がした。雲のようなものに包まれているので本当のところはわからなかったが、どうにも視線を感じる。思わず顔をそらしたとき、四度目の鐘の音がした。雨音がかき消されるほどの大きさだった。音は女の顔を包む、雲の中から響いてくるらしかった。
 そこでそれは鐘の音ではなく、女の間延びした声だとわかった。叫び声のようにも聞こえた。
 どうにもできないまま固まっていると、手の中で亀がもぞもぞと動き出した。見ると、首を目一杯に伸ばして、女をじっと見ていた。
 すぐに、女の方から視線の数が増えるのを感じた。私を見ているのと、手の中の亀を見ているのと、別々の視線が同じ場所から注がれていた。亀の目の周りに、うっすらと靄のようなものがかかっていた。
 女を見ないようにして亀を放すと、じたばたと手を動かしながら空中に浮かびあがり、まるで女に魅入られるように、雲の中へ吸い込まれていった。亀の姿が全て雲の中に消えると、女はくるりと踵を返し、寺の方へ去っていった。
 女の姿が見えなくなると、寺の影がくしゃくしゃになり、細くねじれて向こう側に倒れてしまった。すぐに池の中に逃げた亀たちがそろそろと縁に上がってきて、あんなに長く続いていた雨が嘘のようにぴたりと止んだ。振り返ると、帰り道が日にきらめいていた。

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空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
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 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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