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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

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「フィクション」(I)

テーマ:足音



1


小さな事務室。雑然としたデスクがひとつ。その向かいに何も置かれていないデスクがひとつ。
部屋の奥には「撮影」というプレートが掲げられた衝立。
デスクの向こうには大きな窓があるが、今はブラインドが閉じられている。
朝の光がわずかに差し込み、鳥の声も聞こえる。
部屋の隅には小さなテレビが置かれている。

遠くから足音が聞こえてくる。
鍵を開ける音がして、「タカハシ」が入ってくる。背の高い男。
雑然としたデスクの方に向かい、目をこすりながらパソコンのスイッチを入れる。
鍵を適当な場所に置き、テレビを点ける。
当たり障りのないBGMが聞こえてくる。

女性アナウンサーの声
「続きまして、昨日の戦地の様子です。301部隊が滞在しているD地区周辺は爽やかな秋晴れとなり、兵士とその家族が紅葉を楽しむ場面も見られました」

砲弾や戦車の音が小さく聞こえてくる。

女性アナウンサーの声
「前線では順調に制圧が進み、早ければ今週末にもF地区のほぼ全域を奪還できる見通しです。昨日の戦地での死傷者はゼロでした。続きまして、ニホンのニュースです」

タカハシ、テレビを消す。
快活な足音が聞こえてくる。
タカハシがゆっくり伸びをする。
同時に、「オクダ・リエ」が事務室に入ってくる。髪の短い女である。

拍手

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1


小さな事務室。雑然としたデスクがひとつ。その向かいに何も置かれていないデスクがひとつ。
部屋の奥には「撮影」というプレートが掲げられた衝立。
デスクの向こうには大きな窓があるが、今はブラインドが閉じられている。
朝の光がわずかに差し込み、鳥の声も聞こえる。
部屋の隅には小さなテレビが置かれている。

遠くから足音が聞こえてくる。
鍵を開ける音がして、「タカハシ」が入ってくる。背の高い男。
雑然としたデスクの方に向かい、目をこすりながらパソコンのスイッチを入れる。
鍵を適当な場所に置き、テレビを点ける。
当たり障りのないBGMが聞こえてくる。

女性アナウンサーの声
「続きまして、昨日の戦地の様子です。301部隊が滞在しているD地区周辺は爽やかな秋晴れとなり、兵士とその家族が紅葉を楽しむ場面も見られました」

砲弾や戦車の音が小さく聞こえてくる。

女性アナウンサーの声
「前線では順調に制圧が進み、早ければ今週末にもF地区のほぼ全域を奪還できる見通しです。昨日の戦地での死傷者はゼロでした。続きまして、ニホンのニュースです」

タカハシ、テレビを消す。
快活な足音が聞こえてくる。
タカハシがゆっくり伸びをする。
同時に、「オクダ・リエ」が事務室に入ってくる。髪の短い女である。


オクダ
「おはようございまーす」

タカハシ
「あ、おはようございます……」


オクダを驚いた顔で見つめるタカハシ。オクダはそれに気づかず、窓のブラインドを開けに行く。
よく晴れた空と初夏の光が部屋いっぱいに広がる。


タカハシ
「うーん」

オクダ
「今日、暑くなりそうですねー」

タカハシ
「いや、そっちじゃなくて」

オクダ
「ん?」

タカハシ
「ばっさりいきましたね」

オクダ
「ああ、髪?」

タカハシ
「もちろん」

オクダ
「はい、もう、ばっさり。中学生のとき以来ですよ、こんな短くしたの」

タカハシ
「めちゃくちゃ良いですよ」

オクダ
「そうですか?」

タカハシ
「似合ってます」

オクダ
「ははは。ありがとうございます」


オクダ、自分のデスクに座り、パソコンのスイッチを入れる。
オクダ、カバンから一枚の紙を取り出してデスクの上に置く。
そうしたオクダの一挙手一投足を見ているタカハシ。


オクダ
「ちょっとトイレ行ってきます」

タカハシ
「ああ、はい」


オクダ、去る。足音が遠ざかる。
タカハシ、おもむろに立ち上がり、オクダのデスクの上の書類を手に取る。


タカハシ
「(ため息)……」


窓の外から蝉の声がじわじわ高まってくる。
オクダが戻ってくる足音。
書類を元の位置に戻し、窓に向かうタカハシ。
窓を静かに開ける。
柔らかい風が吹き込んでくる。
オクダが部屋に入ってくる。
お盆にマグカップを二つ載せている。


オクダ
「(片方のカップをタカハシのデスクに置いて)お茶、置いときますね」

タカハシ
「あ、ありがとうございます」


オクダ、お茶を片手に窓の前に。しばらく外の風景を眺めている二人。


オクダ
「いい天気だなぁ」

タカハシ
「そうですねぇ」

オクダ
「仕事したくねぇなー」

タカハシ
「ははは……」

オクダ
「うーん」(と伸びをする)

タカハシ
「……やっぱ、規則、か何かですか?」

オクダ
「ん?」

タカハシ
「髪」

オクダ
「ああ、ううん、違いますよ。別にそういう決まりはないです」

タカハシ
「じゃあ、気分ですか?」

オクダ
「うーん……うん。あのー、昨日、説明会、っていうか顔合わせみたいのがあったんですけど、他の人がみんな結構短くしてたんで、まあ、私もって感じで」

タカハシ
「ふーん。……やっぱり、男の人は、みんな坊主なんですか?」

オクダ
「あ、私のとこ、は女の人しかいないんで、ちょっとわかんないです。どうなのかなあ?」

タカハシ
「ああ、そっか……」


風が吹いてくる。タカハシの前髪が揺れる。


タカハシ
「もう、明日、ですもんね?」

オクダ
「ええ、まあ。明日はまだ一応ニホンにいるんですけどね」

タカハシ
「明後日からですか?」

オクダ
「はい、出発は。明後日に出発、で、そっから船で3日、で、現地に着く……らしいです」

タカハシ
「長旅ですねえ」

オクダ
「飛行機は、なんか、危ないんですって。だから、一応、船で」

タカハシ
「向こうって、どんな所なんですか?」

オクダ
「うーん……詳しいことはよく……写真見せられただけなんで」

タカハシ
「そうなんですか」

オクダ
「うん。……ああ、とりあえず、こっちよりは暑いとこみたいです」

タカハシ
「曖昧だな」

オクダ
「ははは」

タカハシ
「どの隊とかって、もう決まってるんですか?」

オクダ
「まあ、一応。まあでも、どこに……」


内線電話の呼び出し音。タカハシ、デスクに戻って電話を受ける。


タカハシ
「はい、撮影室です。……あ、おはようございます。……えっと、今日は2人です。……えっと、午前中に1人と、午後1人。……あ、はい。そうです。含めてです。……はい」


ぼーっとした顔で窓の外を見ているオクダ。
電話を切るタカハシ。窓辺に戻って。


タカハシ
「すみません」

オクダ
「いえいえいえ」

タカハシ
「で、何でしたっけ……」

オクダ
「どこに配属になっても、待遇とかはあんまり変わらないみたいです」

タカハシ
「ふーん……」

オクダ
「お給料とかね……」

タカハシ
「ちなみに、何部隊なんですか?」

オクダ
「321部隊です」

タカハシ
「覚えやすいですね。カウントダウン」

オクダ
「ふふふ。……いやぁ、明日かぁ……」

タカハシ
「明日なんですね」

オクダ
「あっ、なんかね、すっごい良い、っぽいとこなんですよ、向こう」

タカハシ
「そうなんですか」

オクダ
「その、写真見る限りは」

タカハシ
「戦場なんですよね?」

オクダ
「……はい。……あの、でも、なんか、すごい良い感じ、でしたよ」

タカハシ
「へー……」

オクダ
「すっごい深い谷みたいなところに、こう、レトロな感じの橋が架かってるんですよ、長ーい。その上を、なんか、かわいい機関車が走ってるんです。煙吐きながら。で、その後ろにでっかい虹が出てるんです。それだけでも綺麗なのに、その全部、橋とか機関車とかがね、全部、すっごい、何ていうか、澄んだ感じの色の、夕日を浴びてるんですよ。もう、ちょっと感動しちゃいました。絵みたいに綺麗で。えー? こんなとこで戦争やってるんだー? みたいな」

タカハシ
「へー……」

オクダ
「そうなんですよ」

タカハシ
「なるほど……」

オクダ
「はい」

タカハシ
「ふーん……」

オクダ
「……なんか、あれなんですよね……」

タカハシ
「どれでしょう」

オクダ
「……あんま現実感ないんですよね」

タカハシ
「……あー」


オクダ、自分のデスクに戻る。タカハシも同じく。


オクダ
「(椅子の背もたれに体を預けながら)うーん」

タカハシ
「……でも、リエさんがそれ言っちゃだめじゃないですか?」

オクダ
「あはは。そうかもしれないですね。……いや、でもなあ……うーん」


沈黙する二人。
タカハシ、お茶をすする。
オクダ、壁の時計に目を移す。



2


タカハシ、デスクの上に無造作に置かれていたいくつかの履歴書のような紙をまとめ、付箋などを貼りながら一枚一枚整理し始める。
オクダ、タカハシが整理している紙の一枚を何気なく手に取る。しばらくそれを眺めたのち唐突に。


オクダ
「手伝いましょうか」

タカハシ
「あ、大丈夫ですよ」

オクダ
「最後だし」

タカハシ
「最後……」

オクダ
「あ、何だろう、あの、とりあえず、最後だし」

タカハシ
「とりあえずね」

オクダ
「とりあえずとりあえず。……とりあえずね」

タカハシ
「とりあえずとりあえず」

オクダ
「とりあえず……」

タカハシ
「……あ、じゃあ、午前中に1人、たぶんそろそろ来るんで、撮影の準備だけしておいてもらっていいですか?」

オクダ
「はーい」


オクダ、衝立の向こうに消える。
タカハシ、オクダのデスクの上の書類をもう一度手に取って読む。
内線が鳴る。


タカハシ
「はい、撮影室です。……ああ、はい。わかりました。通してください」


電話を切るタカハシ。
廊下から足音が聞こえてくる。
タカハシが立ち上がり、部屋のドアを開けて来客を待つ。

「タナカ」が入ってくる。
図体のでかい中年の男。


タカハシ
「こんにちは」

タナカ
「どうも。あ、これ(と、タカハシに履歴書のような紙を渡す)」

タカハシ
「ありがとうございます。では、こちらにお掛けになってお待ちください」


タナカ、衝立の前のソファに座りながら。


タナカ
「いやあ……ほんとによ……いやあ……あれだよな……45のおっさんなんかさ、駆り出してさ、どうすんだろうな?」

タカハシ
「(タナカの書類になにやら書き込みながら)昨日は63歳の方がいらっしゃいましたよ」

タナカ
「ふうん」

タカハシ
「お仕事は色々ありますからね」

タナカ
「若い連中なんかはやっぱり、みんな前線か?」

タカハシ
「男性は、そうかもしれませんね」

タナカ
「俺とか、何やんの? 向こうで」

タカハシ
「ちょっとわからないですねえ……」

タナカ
「兄ちゃんは……あれか、セーフだったんか」

タカハシ
「今のところはです」


衝立の中で撮影機材をセッティングしながら、二人の会話を聞いているオクダ。


タナカ
「まあ……いつ令状来るかわかんないからな」

タカハシ
「そうですね」

タナカ
「ほんとに?」

タカハシ
「え?」

タナカ
「ほんとは知ってんじゃないの? 誰が選ばれるとか」

タカハシ
「いや、そういうことは絶対にありません。うちはほんとに写真撮るだけですから、そういう情報はまったく入ってきませんよ」

タナカ
「でも、一応役所だろ?」

タカハシ
「それ、よく言われるんですけど、うちは役所から頼まれて写真撮ってるってだけなんで、ほんとわからないんですよ、そういうことは」

タナカ
「ふうん……。……知り合いとか来ちゃったりするとやっぱ、キツい?」

タカハシ
「え?」

タナカ
「地元だろ? この辺」

タカハシ
「はい」

タナカ
「知り合い来ちゃったりしないの? 知り合いの遺影撮るようなこともあるわけだろ?」

タカハシ
「……遺影になるとは限りませんから」

タナカ
「いや、実際遺影だろう」

タカハシ
「いや……まあ、もし、仮に、向こうで一生を終えるとか、そういうことになれば、こっちで、ニホンでお葬式あげるときに、まあ、今日撮ったお写真が使われることになりますけど、それはわかんないじゃないですか」

タナカ
「回りくどい言い方するね。つまり、どういうこと?」

タカハシ
「いや、だから、戦争が終わればニホンに帰ってこられるわけですから」

タナカ
「終わんの? ……いつ終わんの?」

タカハシ
「それは答えようがないですけど」

タナカ
「何だ、知らないのかよ」

タカハシ
「すいません……」

タナカ
「そりゃ、もし終われば帰ってこられるだろうよ」

タカハシ
「そうですよ」

タナカ
「でもさ、俺が生まれたときにはもう始まってたんだぜ?」

タカハシ
「ああ、はあ……」

タナカ
「って、俺の親父も言ってたんだよ」

タカハシ
「……」

タナカ
「いつ終わんのかね? マジで」


作業の手が止まっているオクダ。


タナカ
「あのさ……俺、幼稚園の時にさ、一番仲良かった友達、アベ君っつう友達がいたんだけど、やっぱ取られたんだよ、兵隊に。いや、まあ、兵隊として取られたわけじゃないだろうけどな、4歳だったし。まあ、何だ、とにかく向こうに行くことになったんだよな」

タカハシ
「はあ……」

タナカ
「いや、まあ、だから何だって話でもなかったんだけどさ。子供って案外ドライだし。アベ君は遠い場所に引っ越しました、なんて言われたんだけど、まあ、ふーんてな感じで。でもさ、あ、これはまあ後で調べてわかったことだったんだけど、ちょうどその1年前くらいに、全国民から満遍なく向こうに送るっていう、今の方針に変わったばっかだったんだよ。だから、あっ、アベ君が急にいなくなっちゃったのって、そういうことだったんだーって、その時に気づいたんだけど。何か、すげえなアベ君って思った。4歳だぜ?」

タカハシ
「ああ……」

タナカ
「でも、実際令状が来て向こう行っちゃったのなんてさ、そのアベ君だけだったんだよ、俺の周りじゃな。この歳まで。それがまさか選ばれるとはね。アベ君、元気かな?」

タカハシ
「お元気ですよ、きっと」

タナカ
「はっはっはっは。いい加減だなあ、兄ちゃん」

タカハシ
「え……」

タナカ
「いや、いいのいいの。俺もいい加減だから。正直、半信半疑だもん、ほんとに戦争やってるのかよ? みたいな。テレビのニュースとか、あれCGじゃねえの? って感じ」

タカハシ
「……」


オクダ、ちょっと笑って、それから思い出したように作業を再開する。
タカハシ、書類に判をぽんぽんぽんと捺し、衝立の中を覗き込む。


タカハシ
「大丈夫ですか?」

オクダ
「あ、はい。(タナカに)どうぞー」


タナカ、立ち上がって衝立の向こうに。


タナカ
「かっこよく撮ってよ、姉ちゃん」

オクダ
「がんばります。素材のクオリティもあるので限界はありますけど……」

タナカ
「ぶん殴るぞお前」

オクダ
「ははは」

タナカ
「あ、ここ座ればいいの?」

オクダ
「はい。じゃあ、リラックスしてくださいねー」

タナカ
「うーい」


タカハシ、二人の方を少し見て、そっと部屋から出て行く。足音が遠ざかる。



3


夕方。
窓の外に真っ赤な夕日。
部屋にはタカハシ一人。
足元に小さな紙袋が置いてある。


タカハシ
「……」


廊下の外から足音。
タカハシが顔を上げると、オクダが入ってくる。
大きな花束を抱えている。


オクダ
「見てこれ。すごいのもらっちゃいました」

タカハシ
「おお、立派ですねえ」

オクダ
「事務室の人、みんな一人一人握手してくれたんですよ。泣きそうになっちゃいましたよ」

タカハシ
「やっぱり、みんな寂しいんですよ」

オクダ
「うん……」


オクダ、花束を抱えたまま衝立の前のソファに寝転ぶ。


オクダ
「タカハシさんも?」

タカハシ
「……寂しいかってこと?」

オクダ
「はい」

タカハシ
「……そりゃそうですよ。半年もいっしょに働いてたんだから」

オクダ
「ほとんど2人っきりでしたもんね、毎日」

タカハシ
「なんか、明日も普通に来そうですもん」

オクダ
「私もそんな感じします。ははは」

タカハシ
「……あの」

オクダ
「はい」

タカハシ
「ちょっと、いいですか」

オクダ
「はい」

タカハシ
「あの、これ……なんですけど……」


タカハシ、紙袋をオクダに差し出す。


オクダ
「おっ?」

タカハシ
「今までお世話になったんで、感謝の気持ちと、あと、餞別……です」

オクダ
「おー。すいません、何か。私、全然お世話とかしてないですけど」

タカハシ
「ただ、あの、それ……モノが……すいません」

オクダ
「え、何ですか?」

タカハシ
「ちょっと……」

オクダ
「開けていいですか?」

タカハシ
「はい」


オクダ、紙袋を開ける。
髪留めが出てくる。


オクダ
「あ、かわいい」

タカハシ
「すいません……」

オクダ
「何が?」

タカハシ
「……それ、もうあんまり意味ないですよね」

オクダ
「髪?」

タカハシ
「はい……」

オクダ
「いや、そんなことないですよ。髪なんてまた伸びてくるし。ありがとうございます」

タカハシ
「あの、向こうでの仕事に、あれかなと思って……よかったら使ってください」

オクダ
「向こう? ……あ、料理するときのための髪留めですか?」

タカハシ
「髪、邪魔になるかなと思って」

オクダ
「あ、なるほどー! あー、すいません、いろいろ気遣ってもらっちゃって」

タカハシ
「いえいえ」

オクダ
「大事にします」

タカハシ
「ありがとうございます」

オクダ
「いえ、こちらこそ」

タカハシ
「……毎日、すごい量のご飯作るんですよね」

オクダ
「そうですねー。兵隊と、その家族の分もですからね」

タカハシ
「大変ですね」

オクダ
「まあ、料理は好きなんで、いいっちゃいいんですけど」

タカハシ
「ふーん……」

オクダ
「ええ……」


長い沈黙。

と、オクダ、不意に立ち上がり。


オクダ
「(伸びをして)んー。(時計を見る)……うん。(窓に近づきながら)じゃあ、あれですね、そろそろ……」

タカハシ
「怖いですか?」

オクダ
「へ?」

タカハシ
「あの、これ聞いていいか、ちょっとわかんない……っていうか、聞くの、ちょっと怖かったんですけど、最後なんで、聞きます」

オクダ
「とりあえず」

タカハシ
「……はい、とりあえず、最後なんで、聞きます。……怖いですか?」

オクダ
「……」

タカハシ
「……死ぬかもしれないって前提で……行くわけでしょ? ……遺影とか撮っちゃってるし」

オクダ
「……まあ、でも、私は、何て言うんでしたっけ……前線? に出てどうこうするわけじゃないので……まあ、大丈夫ですよ……たぶん」

タカハシ
「……ああ……なんか……ほんと……ごめんなさい……」

オクダ
「……何がですか?」

タカハシ
「……わけわかんないこと聞いて……」

オクダ
「いや、そんなことないですよ。私も、死ぬ覚悟とか、全然出来てないし……やっぱ、わけわかんないし」

タカハシ
「……その……選ばれちゃったこと……に対して、ですか……わけわかんないって」

オクダ
「(うつむく)……まあ……うん」


長い長い沈黙が訪れる。

オクダ、唐突に。


オクダ
「でもね、わけわかんなくていいかもなって思ってるんです」

タカハシ
「え?」

オクダ
「あの……私の叔父さんがね、昔、熱帯魚のお店やってたんですよ」

タカハシ
「……?」

オクダ
「熱帯魚、売る店」

タカハシ
「ああ、はい……」

オクダ
「でね、熱帯魚以外に、普通の金魚とかも売ってるんですけど、金魚ってね、観賞用、その、ペットとして飼うための金魚と、ピラニアとか、あとは熱帯魚の……稚魚、っているじゃないですか」

タカハシ
「赤ちゃん?」

オクダ
「そうそう。その稚魚とかに食べさせるための、餌用の金魚がいるんですよ。“エサ金”っていう」

タカハシ
「へー……金魚って餌にするんですね」

オクダ
「そうなんですよ。でね、その普通の金魚と、エサ金がね、その叔父さんのお店は、隣同士の水槽で売ってたんですよ」

タカハシ
「えー?」

オクダ
「ははは。えー? ですよね。でね、私、その叔父さんとこ遊びに行くたびに、『こいつらの人生はどこで分けられたんだろう?』って思ってたんですよ。どっちも同じくらいの大きさだし、見た目、模様の違いとか、素人には、もう全然わかんないくらい同じに見えるんですよ。だからほんと不思議で。でもね……」

タカハシ
「不思議ですね、確かに」

オクダ
「うん、でも……叔父さんに、聞けなかったんですよ。餌になるやつと、ペットとして生かされるやつを分ける、その、基準のこと。……なんか、聞いちゃいけないことのような……気がしたんです……いや、今もそれは、そう思ってるんですけど。いや、きっと、聞いたら、そんな大した理由じゃないと思うんですよ。……でも、それは、聞いたらいけないことっていうか……ねえ? ……だから、あの……あ、なんか、伝わってますか? 私の話……」

タカハシ
「はい……なんとなく……」

オクダ
「いや、あの……何ていうか……すいません、この話、たぶん微妙にずれてますよね、すいません」

タカハシ
「あ、いや……」

オクダ
「でも、向こうに行くってことが決まった日から、何か、そのことばかり思い出すんです。あの時、水槽覗き込みながら、そんなこと考えてたなあ、っていう」

タカハシ
「……」

オクダ
「ま、いいんです。選ばれちゃったものはもう……何にせよ、一生懸命生きれば」

タカハシ
「……」

オクダ
「まあ、口で言うのは簡単なんですけど……」

タカハシ
「……」

オクダ
「あ、でも、簡単なんで、もう一回言っておきます」

タカハシ
「……」

オクダ
「私、運命を受け入れて、一生懸命、生きます」

タカハシ
「……はい」

オクダ
「はいっ。ははは」

タカハシ
「……応援してます」

オクダ
「ありがとうございます。……ん、ありがとうございます? ……うん……ありがとうございます」

タカハシ
「……」

オクダ
「……なんか、こんなに喋ったの、初めてじゃないですか?」

タカハシ
「え?」

オクダ
「いつも天気の話とか、テレビの話とかばっかだったから」

タカハシ
「ふふ」

オクダ
「ははは」

タカハシ
「……」


タカハシ、オクダの手を握る。


オクダ
「お?」

タカハシ
「……あの……」

オクダ
「……はい」

タカハシ
「……どうかお元気で」

オクダ
「……はい」

タカハシ
「帰ってきたら、また……色々話しましょう」

オクダ
「うん……はい……」

タカハシ
「……さようなら」

オクダ
「まだですよ」

タカハシ
「え?」

オクダ
「写真、撮ってないもん」

タカハシ
「あ……」

オクダ
「さようならは仕事全部終わってからですよ」

タカハシ
「はい。すいません」


オクダ、タカハシに書類を渡し、衝立の向こうに消える。
そのあとを追うようにタカハシも。


オクダ
「かわいく撮ってくださいね」

タカハシ
「……ほんとに戦争なんてやってるんですかね」

オクダ
「さあー?」

タカハシ
「いつ終わると思います?」

オクダ
「終わんないんじゃないですか? ずっと」

タカハシ
「ずっと?」

オクダ
「うん。私たちが、戦争なんてほんとにやってんのかなー、とか言ってる間は、たぶんずっと」

タカハシ
「なるほど」

オクダ
「たぶんね」

タカハシ
「……」

オクダ
「何せ、私が一番信じてないですからね」

タカハシ
「ははは」

オクダ
「ははは」


シャッター音。



4


誰もいない朝の事務室。
廊下から足音が響いてくる。
鍵を開けてタカハシが入ってくる。
雑然としたデスクの方に向かい、目をこすりながらパソコンのスイッチを入れる。
鍵を適当な場所に置き、テレビを点ける。
当たり障りのないBGMが聞こえてくる。

女性アナウンサーの声
「腹が減っては戦ができぬ! 本日は、そんな兵士たちの食事を支える、給食班の皆さんと中継が繋がっています。早速呼んでみましょう。321部隊の給食班のみなさーん?」

タカハシ、動きが止まる。

女性たちの声
「はーい!」

女性アナウンサーの声
「おはようございますー。朝から申し訳ありません」

女性の声
「いえいえ」

女性アナウンサーの声
「わー。若い女性ばかりで、何だかこう、非常に華やかですが、今は何をなさっていたんですか?」

女性の声
「えーと、今は朝ごはんの片づけが終わって」

タカハシ
(何かに気づき)「あ」

女性の声
「昼と夜の仕込みを……」

女性の声の背後で、遠くから何かが飛んでくる音。
タカハシ、瞬間的にテレビを消す。

部屋に無音が戻ってくる。

廊下から足音が聞こえてくる。
タカハシ、目薬をさし、部屋のドアを開けて来客を待つ。

遥か遠くで、爆発音が聞こえる。

<了>

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


---------------------------



姉妹は仲の悪いまま年老いて
 町は背を伸ばし肥え太る
幾度かの通夜と性交を経て
 雪は降らなくなった
生まれた家は駅に食われたが
 風は相変わらず強く吹いている
姉妹は仲の悪いまま年老いたが
 市長に品が無い
 という意見だけは一致している


「姉妹は」より

個人サイト

---------------------------

小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


---------------------------

金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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