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文芸サークル「鉄人四迷」のページ

文芸サークル「鉄人四迷」のページです。 オリジナルの小説・詩・脚本を発表しています。

「あの街」(空疎)

テーマ:月光と線路



 午後十一時をまわった暗い駅のホームで、ひとり立つ僕の耳に、踏み切りの音が聞こえてくる。カンカンカンカン、踏み切りの音は絶え間なく響き、電車の到来を告げる。僕の両足は震え、両眼は落ち着きをなくす。僕はまだ、帰りたくない。この場所を、離れたくない。だけど踏み切りの音は絶え間なく響き、電車の到来を告げる。カンカンカンカン、踏み切りの音が、僕に帰れと呼びかける。

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 午後十一時をまわった暗い駅のホームで、ひとり立つ僕の耳に、踏み切りの音が聞こえてくる。カンカンカンカン、踏み切りの音は絶え間なく響き、電車の到来を告げる。僕の両足は震え、両眼は落ち着きをなくす。僕はまだ、帰りたくない。この場所を、離れたくない。だけど踏み切りの音は絶え間なく響き、電車の到来を告げる。カンカンカンカン、踏み切りの音が、僕に帰れと呼びかける。
 僕は電車がやって来る方向を向く。ずっと遠くに光が揺れる。見えた光は次第に大きく変わり、その本体が暗闇から姿を現す。轟と風の音を立てて、電車がホームに滑り込んでくる。扉が開き、暗いホームが明るく照らし出される。僕はまだ、帰りたくない。だけど、帰らなければならない。僕はもうこれ以上、ここにいる理由をなくしてしまった。僕は震える足で電車に乗り込んだ。
 明るい車内に、人の姿はなかった。乗客は僕一人だった。僕はボックス席の窓側に座った。背中で扉の閉まる音がした。こうして僕とあの街は、切り離されてしまった。ガタン、と一度揺れて、電車は動き出した。車内の光にうっすらと照らされた薄暗いホームが、窓の外でゆっくりと、次第に速く、流れていって、やがて見えなくなった。
 電車は揺れる。窓の外は真っ暗だった。電車は走っているのか、ただ揺れているのか、わからないくらいに真っ暗だった。けれども、僕は確かに、あの街から離れていった。それがはっきりと感じられた。電車は僕を運んだ。僕は真っ暗の窓の外を、じっと見つめ続けていた。体が震えていた。僕はまだ、帰りたくない。僕はまだ帰りたくない。あの街が離れていく。君が離れていく。遠く離れていく。僕にはどうすることもできない。電車は非情なスピードで走り続けている。僕の意思とはまったく無関係に、喉の奥から嗚咽が漏れた。そして涙が流れてきた。僕は嗚咽を漏らしながら、誰もいない電車の中で、拭うこともせずに涙を流し続けた。

――ああ!

 僕はどうなるのだろう。僕はこれから、どうなってしまうのだろう。きっと、どうにもならない。僕はどこへも行けない。目の前には無情の大壁だけが聳えている。そこに君はいない。君は、いない。
 僕は少し窓を開けた。夜の冷たい空気が流れ込んできた。ガタンゴトンと電車の走る音が大きくなった。僕をあの街から遠くへ、ずっと遠くへと向けて、確かに運んでいた。僕は力任せに、窓を開くだけ開いた。
駄目だ、耐えられない。もうこれ以上耐えられない。僕は走る電車の窓から、外へ飛び出した。
どっと大きな音がして、僕は地面にぶつかった。そして慣性の法則に従って、僕の体は草に覆われた傾斜を勢いよく転がった。そして立ち木にぶつかって止まった。ひどい音がした。全身を衝撃が走った。電車は僕をおいて、ガタゴトと走り去っていった。
体中が痛んだ。しばらく立ち上がることも出来なかった。だけどまだ、生きていた。僕はしばらくそこで横になっていた。涙が流れた。涙は止めどなく流れた。
 電車が僕をおいて去っていった、どこだかわからないそこは、とても静かな場所だった。いつか涙は止まっていた。知らぬ間に痛みもひいた。僕の想念も、痛みがひくのと同時に、落ち着いていた。僕は何も考えていなかった。僕の頭はまったくのからっぽだった。
 僕は自分の体に異常がないか確かめた。そこかしこに擦り傷ができて、血が流れていた。しかしどこも折れてはいないようだった。僕の体は五体満足だった。僕は立ち上がって、転がり落ちてきた傾斜を登った。
 そこには前後に向けて線路が続いていた。不思議と明るかった。空を見上げると、綺麗な満月が浮かんでいた。僕は月光に照らされた線路の上に立っていた。
そこには二つの方向があった。一つの方向はあの街に続き、もう一つの方向は、どこか知らない、どこか遠くへと続いていた。僕はそこで立ち竦んだ。僕にはどうすることもできなかった。どちらに進むこともできなかった。ただ、そこは静かだった。今はそれだけでいいような気がした。僕は線路の上に寝転んだ。明るく輝く満月が目に入った。
明日になれば、太陽がまた昇り、朝一番の電車がここに走ってくるだろう。この線路をガタゴトと揺らすことだろう。だけど今は、静かだった。とても静かだった。
あぁ、きっと僕は、もうどこへも行けない。僕には行く先なんかない。進めば無情の大壁にぶつかるだけだ。だけどここは、静かだ。ここは、静かだ。

おわり

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作者紹介

空疎

あなたはただのゼリーです
見える光は全部嘘
聞える音は全部嘘
あなたはただの
ふるえるゼリー
ひとりふるえる
ただのゼリー

中編小説「ゼリーの見た夢」より


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六井 象/I

 失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。
 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。


短編小説「鋏」より

個人サイト

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小石薫

美代子は必死だ。一生懸命に声を張り上げて、誰かが、聞いて、興味を持って、自分のいる教室のドアを開けてくれることを、ずっと待っている。
 伝えたいことがあると言った。
 私には、あるだろうか。伝えたいもの。伝えたい気持ち。私の中にあるのは、ぬるく、濡れそぼった、この、寂しさだけ。

短編小説「夕焼け校舎」より


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金魚風船


「私の事、好き?」


「え?」


「ごめん、いきなり」


「ごっつ好きやで」


「ほんとに?」


「当たり前やろ、俺のたった一人の娘なんやから」


「そっか」


間。



「やっぱ、別のことしよっか」


「え? なんで? 凄い楽しいのに」


「じゃあ、もっと楽しそうにやれよ。そんな下ばっかり見とったらな、楽しい事も嬉しいことも、いつの間にか全部通り過ぎてしまうぞ」

短編脚本「お父さん」より

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